【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
14 探索


 カァカァ……ガァ、ガァガァ! ガァ!
 余りの煩さに、雅は不機嫌に瞼を持ち上げた。最初に天井が見えた。煤けた大きな梁には、いくつもの蜘蛛の巣が絡みつき、すり硝子がはまった窓からは、薄ぼんやりとした、朝のほの白い明かりが漏れていた。
 外からカラスの羽ばたきが聞こえる。ガァガァと元気に鳴いている。今日も今日とて実に不吉な目覚めとなったが、仕事柄、散々不吉と関わってきた身としてはうるさいと思う程度だ。
 相変わらず身体が重い。身体を起こすのが億劫に感じられた。
 ふと、過剰に大きな白い服を来て、球体のガラス面を付けた奇妙な出で立ちの人間が、月面をほてほてと歩く姿が浮かんだ。テレビの白黒画面で見た宇宙飛行士の姿だ。無重力に慣れた彼らは地球に帰ってきたとき、久しぶりに味わう重力に身体が参ってしまうのだとか。
 まるで今の自分のようだ。と、いささかズレたことを考えながら腕に力を込めて、何とか身体を起こした。
 部屋を見回しても誰もいない。薬研藤四郎と名乗った少年の姿も無かった。
 それにしても妙に既視感を覚える部屋だ。
「……寒い」
 吐き出された息が白く色づいた。もしや時空の嵐とやらの影響が未だ続いているのだろうか? まるで冬のような寒さに腕をさする。
 その際に気がついた。
 着ていた服が、寝巻き用の白い浴衣に変わっている。そういえば薬研藤四郎が手当をしたようなことを言っていたような?
 襟元をくつろげでみると、腹部に丁寧に包帯が巻かれていた。
「…………」
 ありがたい、という思いはある。しかし、だ。確かに自分は小柄の上に童顔で、あまり出るところも出ていない、子供のような体型だ。けれど、いくら汚れた格好をしていたとはいえ、意識を失った女性の服を剥ぐなどどういう了見だろうか!
「分かってますよ! 治療です!!」
 不満を述べても今更であるし、相手は好意で行ってくれたのだ。モヤモヤする想いを飲み込んで勢いよく立ち上がった。
 不満は他にもあった。
 スパンと部屋の障子を開く。
「一体全体、ここは何処ですか!」
 鼻息荒く辺りを見回しても誰もいないから訊ねようがない。怒りに突き動かされるように廊下に足を踏み出した。
 長い廊下を進んだ先には縁側があった。庭が見える。
「え、まさか、雪……?」
 信じられないことに、ハラハラと雪が舞っている。これは、まるでではなく、正真正銘の冬ではないか。真夏であった自分の時代でないことは確実だが、それだけではここが何処か判断できはしない。
「ああ、もうっ、どうして誰もいないんですか!」
 これだけ探し回っても、なぜ人ひとり、刀剣ひとり見当たらないのか。
 実は昨日の薬研藤四郎は夢か幻で、予定通りに赴任先の空っぽの本丸に辿り着いていたとでもいうのか。しかし、ならばなぜ、どの本丸にも必ずいるという世話役 兼 政府との連絡役である管狐(くだぎつね)がいないのだ。
「私ひとりでどうしろって言うんですか! だいたい、三日月殿も三日月殿です! 勝手について来ると言い出したくせに勝手にいなくなって!!」
 不満が口をついて次々と飛び出してくる。
「これでは……私は!!」
 空っぽの本丸に、ひとりっきりだ。
 審神者の役目は刀剣男士を束ねること。裏を返せば、ひとりでは何も出来ないのだ。
 これでは歴史を正せない。
 祖父を救えない。
 償えない。
 髑髏の嗤い声が、今でも耳にこびりついている。
(……負けてしまった、私では)
 あまりの情けなさに、ギリリと奥歯を噛み締めた。
「すみません、お爺さま……」
 目を閉じて祖父の顔を思い浮かべた。大きく息を吐く。
「必ず、歴史を正します」
 そのためには、一日でも早く、遡行軍に対抗できる体制を整えなければならない。ここが自分の本丸であるのなら管狐を見つける必要があるし、異なる場所に来てしまったのなら、政府に戻る手段を見つけなくては。
(……もう、負けはしない。負けたくない)
 決意を新たに顔を上げた。

 ギシリ。古びた廊下は、歩くたびに乾いた木の音がした。廊下の冷たさが素足に染みる。何か上着でも借りてくれば良かったと手に息を吐きながら、人影を求めて歩き続けた。
 とある部屋の前で足を止めた。
「……この部屋は?」
 誰かいるのかもしれないが、単純にこの部屋が気になった。冷静さを欠いた状態であったものの、ここまで来る足取りに迷いはなかった。
 不思議なことに、この屋敷は驚くほど梅小路の屋敷と似ていた。
 屋敷の外に意識を向けると微弱だが結界の存在が感じられる。これも似ていると思わせる点だ。
 慣れ親しんだ間取りの通りに進んで来た結果、導かれるように此処に――仏間だった部屋へと辿りついた。迷うことなく障子に手をかける。
 部屋の中には、立派な神棚が鎮座していた。
 屋敷にも神棚はあった。神も仏も一緒くたに祀る日本人らしく両方を祀っていたが、ここは神棚のみ。しかも、神社と遜色ないほど大仰で立派なモノだ。こぶしほどの透明な珠がいくつも飾られているのは、何か意味があるのだろうか?
 ふいに、薄らと漂ってくる異質な気配を感じてそちらを向いた。隣の部屋へと通じる襖からだ。そっと開いて中を覗くと、窓もない小さな部屋の中に、数十本もの刀剣が所狭しと並べられていた。
 キュッと眉間にシワが寄る。
 全てが薄らと黒いモヤを纏っていた。神棚から発せられる神聖な気で抑えられてはいるが、これだけの数だ。部屋にいるだけで息苦しく感じた。
 見覚えのある刀があったので手にとった。1尺(約30cm)にも満たない守り刀とは違って2尺4寸(約73cm)もある打刀はズシリと手に重い。
「加州清光殿、政府でお世話になった者です。お話を伺うことはできますか? 加州清光殿、お応えいただきたい」
 しばらくの間、辛抱強く話しかけたが、顕現するどころか何の変化もなかった。
「!!」
 突然、外に巨大な力が出現した。すぐさま、加州清光を元の位置に戻して外に飛び出した。
 庭の中程に、先ほどまでなかったモノがあった。
 古びた木製の扉だ。観音開きに大きく口を開き、支柱もなにもない状態で、倒れもせずに悠然と佇んでいる。異様な光景であるが、見覚えがあった。
「あれは、時空転送の扉!?」
 間違いない。本部で見たモノは、アレよりも遥かに巨大なモノであったが、亀田と津留崎が23世紀の政府へ戻る際に使用した扉と同じだ。
 今まさに扉をくぐろうとしている集団が見えた。殿(しんがり)を務める小柄な後ろ姿、あれは――。
「薬研藤四郎殿! 待ってください!!」
 大きな声を出したが、届いた様子はない。
 すぐさま走り出した。
 政府に戻れるかもしれない。一縷の望みを抱いた雅は、締まりかけた扉の隙間に身体を滑り込ませた。
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