【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
09 光明


 ダンッ!!

 音の波が空気を震せ、鼓膜に突き刺さった。衝撃を受けた雅は、ハッと我に返った。視界いっぱいに広がるのは星一つない濃紺の夜だ。
 知らぬ間に日が暮れていたのか。
(違う、これは)
 ボケた思考を即座に否定する。なぜなら、自身の手が夜に触れているからだ。握りしめていると言ってもいい。
 頭の後ろと腰に感じる感触、身体を覆う温かな熱に、恐る恐る顔を上げた。
 朏(みかづき)と目が合った。
 三日月宗近の瞳に映る――夜に浮かぶ欠けた月と、目が合った気がした。
 カッと顔が熱くなった。
「は、離してください!!」
 抱きしめられていることに気づいた雅は、赤い顔を隠すようにうつむき、思い切り腕を突っ張った。しかし、ビクともしない。
「開けろ! 開けねぇかコラァ!!」
 再び、外から扉を打ちつける大きな音と怒声が叩きつけられた。驚きで身体が飛び上がる。三日月はなだめるようによしよしと撫でた。
「まったくアレは無粋な男だな……。まぁ、入って来れはせぬから気にするな」
 と、外の喧騒など気にもとめず、腕の中の雅を撫で続ける。
「弱っている時くらい、このじじいに甘えればよい」
 猫でも可愛がるような手つきだ。途端にスゥっと熱が引いて、冷静な判断力が戻ってきた。
「もう結構です。十分に甘えさせていただきましたので、手を離してください」
「……うむ、そうか?」
 パッと手を離された。少し拍子抜けしたが、身体を動かせることに安堵して顔を上げた。その弾みでこぼれそこねた雫が一粒、頬を伝った。
「元気になったようで何よりだ」
 親指の腹を頬に押し付けられ、涙をはらわれた。彼にとっては何気ない仕草であろうが、どうにもむず痒い。視線を右往左往させた。
「…………あの」
「なんだ?」
 だがやはり、と思い直し、まっすぐ彼を見据えた。
「ご迷惑をおかけしました。それに、助けてくださってありがとうございます」
 思い返してみれば、助けられたばかりか何の落ち度もない彼に八つ当たりまでしてしまった。よくよく見れば、狩衣はくたびれているし、綺麗な顔には小さな裂傷がいくつも出来ている。あの騒動で傷めたのだと理解した。
 それらを含めて申し訳なかったと頭を下げる。
「なんのなんの、このじじいでよければいつでも力に…………うん?」
 動きを止めた彼は、何故か急に自身の親指をしげしげと眺めはじめた。と思ったら、
「!?」
 指に付いた雫――雅の涙をペロリと舐めたではないか。
「……甘いな。甘露のようだ」
 ニコリと向けられた笑みに、絶句して目を見開いた。それでも何とか声をだそうと口を開いた。瞬間、凄まじい音を立てて扉が開かれ――もとい、破られた。
「てめーは変態かぁ!!」
 そのまま流れるような動きで三日月の側頭をスパーンと弾いた。
「任せとけって言うから任せてみれば、何してんだコラァ!!」
 犯人は亀田だ。扉を破壊して侵入し、三日月をどついた彼は今、拳をブルブルと震わせながら倒れた三日月を怒鳴りつけている。
「いやはや……」
 三日月は、よいしょ、と掛け声を付けて起き上がった。
「ほんに無粋な男だ。じじいは労わるものだと知らんのか?」
 しきりに痛い痛いと、殴られた頭をさする。
「てめーみたいなじじいがいるか!! 『刃生(じんせい)経験豊富なじじいに任せろ』なんて言うから任せてみたっていうのに、彼女を追い詰める発言はするわ、変態行為に走るわで全然じゃねぇかっ!!」
「……亀よ」
「なんだ? 言い訳でもしようってのか!?」
「もしや『かめら』とやらで俺たちを見ていたのか?」
 いい趣味とは言えんな、と袖で口元を隠した三日月は、これみよがしに大きな溜息を吐いた。
 ギクリと身体を強ばらせた雅は、キョロキョロと辺りを見回した。しかし思い描いた形は見当たらない。
「悪いとは思ったが……」
「気持ちは分からんでもない。が、無粋の極みだぞ?」
 彼らの口ぶりから、気づかぬうちに撮られていたらしい。先ほどよりも注意深く部屋を見回した。
「どうかしたのか?」
 遅れて入ってきた津留崎が不思議に思って尋ねた。
「どこにカメラがあるのかと思いまして。どうにも、昔からアレは苦手です」
「それにしたって気にし過ぎじゃないのか? 魂を吸い取られる、なんて思っているワケじゃないだろう?」
「まさか。ふぉとがらの時代とは違います」
「振っといてなんだが、カメラの古い名称と噂なんてよく知っていたな。繁幸さんに教わったのか?」
 ピクリと反応した雅に、津留崎はしまった、という顔をした。
「いやいや、そうだな。君からしたら盗み撮りなんて気分の良いものじゃないよな。すまない、軽率だった」
「……いえ」
「……まぁ、放っておけなくてな。俺も、先輩も……な」
 亀田に顔を向けると、バツの悪そうな顔をした彼は、ガリガリと頭を掻いている。手元の機械らしきものを操作しているのは、カメラを止めているのだろうか。結局、見つけることは叶わなかった。
「勝手にモニターで様子を見たのは悪かったと思ってる。すまん」
「お気遣いには及びません。もう大丈夫ですから、元いた時代に帰してください」
「それは出来ない。こんな時に言うのはアレだが……いや、こんな時だからこそ、俺は、審神者になってもらいたい。上の意向でもあるが、あんたの安全のためだ」
「遡行軍ですか?」
「そうだ。奴らは今までとは全く異なる動きを始めた。元の時代に戻すのは危険すぎる」
 出現するハズのない時代にまで現れ始めた。動きを予測できなくなったばかりか、いつまた襲撃を受けるか分からない。だから審神者となって、安全が約束されている本丸に行ってもらいたいと亀田は言う。
「私は審神者にはなれません」
 いくら気にかけ、良くしてくれようが、彼らの望みは叶えられない。彼らが求めているのは梅小路の正当な血統だろう。下手な希望を持たせる前に断った方がいいとハッキリ口にした。
「それに、なぜ審神者になる必要があるのです? 仮に、事態が落ち着くまでこの場にとどまるという選択肢はないのですか?」
「ダメだ」
「確かに、それだけの霊力を持っておればな。みなも混乱する」
 亀田に続き三日月までもが否定する。あれもダメ、これもダメと言われれば譲歩する気もなくなる。
「分かりました。もう結構です。元の時代に返してください」
 それならば自分の意見を通すのみだ。自分ひとりならどうとでもやっていける。心配してもらう必要もない。
「元の時代に戻ってどうする? 自分を殺すとでも言うのか?」
 と、三日月に問われた。雅は何も言えずに目を伏せた。
「軽率な行動は何も生み出さない。分かっているのではないのか? その命を投げ出したところで何も取り戻せはしないと」
「そうだ、ぜったいダメだ!」
 突然、亀田が、はじかれた様に彼女の肩を掴んだ。
「繁幸さんの死はあんたのせいじゃない! 俺のせいだ! 俺が訪ねて行ったから、歴史が…………変わっちまった」
「先輩!!!」
 津留崎が制したが、既に決定的な言葉はこぼれていた。
「どういう意味ですか!?」
 顔色を変えた雅は、亀田のジャケットの襟を掴んだ。
「今回のことは歴史通りではないのですか!? ならば祖父は!」
「そこまで」
 ストップを掛けたのは津留崎だ。
「悪いがこれ以上の情報は与えられない。先輩、さっき上に言われたこと、忘れたんですか?」
 言外に、黙れと言われた亀田は苦しそうな顔を見せた。
「勝手なことを!」
「ああ、勝手だ。勝手で悪いと思っている。だが、君は知らない方が幸せなんだ」
「何が幸せかは私が決めることです!!」
「その通りだ。きみは正しい。それでも未来は知らない方がいい」
 もはや何を言っても無駄だといわんばかりだ。
「俺も知りたいな。歴史が変わったとはどういう意味だ?」
「ここは戦場じゃない。あんたの管轄外だ」
 三日月の問いかけすらピシャリとはねつけられた。
「……繁幸さんは、90まで生きて、天寿を全うするはずだった」
「先輩!?」
 血相を変える津留崎に、亀田は待ったをかけた。
「ケジメをつけさせてくれ。俺にも彼の生命を背負わせて欲しいんだ」
 真剣な顔で雅を見つめた亀田は、不可解な発言をした。
「繁幸さんは、生き返るかもしれない」
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