【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
06 明暗


 雅が初めて梅小路の家にやってきたのは、静かな雨の日だった。
 祖父となる男に手を引かれて大きな門をくぐったあの日。頬を打つ雨は、やけに温かかったように思う。
 特異な体質を持って産まれたがゆえに、彼女は何も持っていなかった。その手にあるのものは、ただ彼女自身だけ。
 そんな、知識も経験もなく、自分の世話すら満足に出来ない小さな彼女に差し出されたのは、食事と衣服、寝床、教育、そして――家族という存在。
 何度もいいのかと問うた。その度に彼は、自身の大きな腕で彼女を包みこみ、いいのだと繰り返した。
 彼女を安心させるように。
 だが、雅は思うのだ。きっと彼は、亡くした孫に瓜二つである自分に救いを求めていたのだろう、と。
 今でもハッキリ覚えていた。彼に初めてかけられた言葉を――。


++++


「終わった?」
 雅は呆気にとられた顔で男を見た。未だかなりの数が残っていたハズだ。それを一人で片付けたというのか?
 濃紺の狩衣を戦装束で固めた男が手にするのは、およそ三尺以上(約80cm)もある太刀だった。間近で観察したわけではないが、細身で、反りが高い造形から察するに――刀にも変遷、流行があるのだ――随分古いものだと伺える。
「おっ、流石は三日月宗近だな! 仕事が早い!」
 亀田が嬉々として三日月と呼ばれた男に駆け寄り、ねぎらいの言葉をかけた。三日月は袖で口元を隠し、ほけほけと笑っている。
 格好もそうだが、明らかに常人とは異なる雰囲気を持つ男だった。
「彼は、人ではない……?」
「ああ。歴史修正主義者に対抗できる唯一の存在、刀剣男士だ。俺たちは君に、彼らを束ねる審神者になって貰いたい」
 津留崎は一方的に告げて彼らの元へと行ってしまった。
「刀剣男士……」
 反芻するように呟く。
 それは人の器を得た刀剣の付喪神を指す。
 付喪神は九十九神とも書き、語源は九十九髪に由来する。九十九は、百から一を取った白となる事から、白髪を転じて年経た古いものを意味する言葉となった。
 つまりは、古いモノに宿った魂であるということ。道理で本体である刀剣は古臭い形をしているハズだ――と、些か失礼なことを考えながら、女である自分より余程美しい男を眺めていた。
 一瞬、視線が合った気がして目を瞠った。だが、彼は亀田と話を続けている。気のせいだったのだろう。
「あれが天下五剣か、随分な援軍を寄越したものだ」
「お爺さま」
 亀田と言い合っていた繁幸がヤレヤレといった様子で、雅の元へとやってきた。
「それはまた随分な業物ですね。しかし天下五剣は、国宝や重要文化財として国や御所などが保有していると記憶しておりましたが」
 そうそう表に出てこれる代物ではないハズだ。
「表向きはな」
「密かに貸し出されていたということですか? 戦場に出すとなると、折れる可能性もあるというのに」
「それだけ切羽詰まった事態だったのじゃ。儂を審神者として呼んだのは、歴史修正主義者の存在が明るみ出たばかりの時代の政府じゃったからな」
 当時の政府は歴史改変を阻止するべく様々な手段を講じたらしいが、唯一奴らの進撃を食い止めることができる存在、刀剣の付喪神に出会えたのは偶然だった。審神者の発見もそうだ、と祖父は言う。
 表沙汰にはされていないが、西暦2205年以降、歴史修正主義者の活動がたびたび確認されるようになった。土台となる歴史が改変されたら、国家が転覆してしまう。危機感を覚えた23世紀の政府は、付喪神の宿る古い刀剣とともに、彼らを呼び覚まし、力を与えることのできる審神者を密かに探すようになった。しかし、審神者になれる異能を持った者の存在は限られていた。そこで秘密裏に過去へと赴き、審神者候補者のスカウトを行うようになったのだ。
「私に、その審神者になって欲しいと言われました」
 雅は不安げに繁幸を見上げた。
「安心せい、儂の目の黒い内は決してお前を渡しはせん。過去の功績もあるから無理は言えんだろう。跳ね除けてやるわい」
「……はい」
 頭を撫でられた雅は、僅かに頬を染めてうつむいた。
 いい年をして恥ずかしいとも思うが、彼の節くれだった手に撫でられるのが昔から好きだった。
 離れたくないと思う。血の繋がりなどないというのに、本当の孫のように大切にしてくれた恩を返したいといつも考えていた。

 ――助けて。

 あの日、泣いていたのはどちらだったのか。
「約束でしたね、ご主人様」
 差し出された手を取ったのは。
「……お爺さまじゃ」
「ふふっ、そうでした」
 顔を見ずとも彼のふてくされた様子が分かった。小さく笑う。
「ギャン!!」
 背筋を這い上がってくる嫌な気配を察した、と同時に、犬神が悲鳴を上げた。
 パシャン。
「……え?」
 頬に触れる水の感触に顔を上げた。やけに温かい。
 雅を見下ろす祖父と、降りそそぐ、あたたかな水の感触。
 彼に手を引かれて門をくぐった、遠い雨の日を思い出した。
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