【刀剣乱舞】月夜烏・改 | ナノ
05 憑霊2


 憑き物筋とは、狐持、外道持、犬神筋などと言われる、いわゆる物持筋のことであり、憑坐とは神霊等を憑霊(ひょうれい)させる霊媒師をいう。
 では憑霊とは何か。R・ファースは『トランスの一体型であり、それにおいて一人物の行動が彼に外在する精霊によって統御されていると解釈される状態である』と定義したが、小松和彦氏は日本の憑霊は独特な性格と種類を包含――例えば神女(ユタ)のような宗教的職能者が存在――していたため、単純にトランス状態であるだけとは言い切れないと指摘した。また、E・ブウルギニヨンもトランスつきの憑霊(Possession-trance)と、トランスなしの憑霊(Possession)とがあると言及している。
 つまり、傍目からでは憑霊状態か否かを見分けるのは困難であるということだ。しかもフェティシズム(人類学・宗教学での呪物崇拝)からなる土着宗教や民間信仰においては、憑霊とはマナ(呪的な力)による過剰な付着を指していた。
 そもそも亀田は特異な力など持たない普通の人間だ。
 繁幸氏の言う通り、彼女が真実、神霊(マニア)を憑かせていたのか使役(マナを行使)していたのかなど分からない。
 ただ――。
「わんっ」
 どこからともなく現れた子犬が繁幸の足元に擦り寄ってきた。亀田は子犬と老人を一瞥したあと、雅にひたりと視線を合わせた。
「なるほど、素晴らしい才能です」
 分からないが、十分に理解できた。人を超えた力――遡行軍を倒したという事実が物語っていたのだ。彼女が持つ、異能の力を。
 それこそが亀田と津留崎が時代を超えてやってきた理由だ。


++++


「お怪我はありませんか?」
 雅の顔を見た鈴木は、目に見えて安堵の表情を浮かべた。
「ええ……、何がどうなっているかサッパリですが……ご当主がずっと傍についていてくれたので、怪我はありません」
 しっかりとした声音で答えるも、今になって恐怖が這い上がってきたらしい。震える身体で腕の中の遠藤を抱きしめた。
 雅は彼女たちのそばへ座り、気を失った遠藤の頬に触れた。
「遠藤様を蝕んでいた邪気は全て外へ出たようですね」
「邪気? 蛇のような骨のことですか?」
「はい。ひとまず彼女は大丈夫でしょう。怖い思いをさせてしまいました」
 まさかあんなモノに憑かれているとは思わなかったが、という言葉を飲み込み、侘びと気遣いの言葉を掛けながら雅は考えていた。あの時、彼女から出てきた蛇は一匹のみだった。なのに、それを倒した後もまるで湧き出たように現れた蛇たち。
 気になることは他にもある。それらを相手にしている間に、いつの間にか屋敷を守る結界が壊れていた。怪しい二人組の仕業かと思ったが、彼らは敵ではないと祖父が言うのだから違うのだろう。
「……遠藤様から出てきた蛇は、一匹だけでしたか?」
「え? ええ、そうです」
「そうですか……」
「だからやらんと言っとるじゃろうが!」
 ビクリと身体を飛び上がらせた。鈴木も驚きから身を固くしている。
 振り返ると、祖父が政府の人間の一人と激しく言い合っていた。
「アレだけの才能を見せられて諦められるワケがないでしょう!?」
「お爺さ「くどい! あの程度ならどこにでもおる!」」
「せんぱ「いません! 俺たちが審神者の素質を持った者を探すのにどれだけ苦労しているか!!」」
「だからお爺「知らん! 知ったことか!」」
「……………………失礼します」

 ガン!  ガンッ!

 雅の手にある守刀の鞘から二つ、こ気味良い音が鳴った。
「お静かに、してくださいますね?」
 隠れている場所を教えるつもりですか? と、般若を背負った彼女に凄まれた二人はコクコクと頷いた。
「……それで、貴方がたは政府の役人とのことですが。えぇと」
 二人を余所に、まだマシだと思われるもう一人に向かって話しかけた。先ほどから彼だけが真面目に周りを警戒していた。
「ん? ああ、俺の名は津留崎だ。あっちは亀田。君は俺たちの存在を知っていたのか?」
「雅です。祖父から伺っておりましたので。……それで、これからのことですが」
 敵でないのなら、協力して貰おうと話しかけた。ここへ来るまで、それなりに数を減らしたとはいえ、未だかなりの数の敵が屋敷内を徘徊していると思われる。
 祖父の体力を考えると、戦力はおそらく自分ひとり。だが、若い男が二人もいるのだから、女性と老人を連れて逃げるくらいできるだろう。
 ゆらりと揺れる、太い骨の尾が視界の端に映った。
「私が囮になります。貴方たち二人は後ろの三人を連れて屋敷の外へ逃げてください」
 後ろを庇うように一歩踏み出す。
 騒ぎを嗅ぎつけてやって来たのか。尾を生やし、烏帽子を被った鎧武者がゆっくりと近づいてくる。雅の視線の先に気づいた津留崎がヒュッと息を飲んだ。
「わうっ!」
 黒毛の子犬が元気に走り寄ってきた。みるみる大きさを変えて成犬の姿をとったソレは、繁幸に憑く犬神だ。憑き物ではあるが、飼い慣らしてしまえば番犬と変わりない。雅が離れている間、祖父を守ってくれた頼れる存在だ。
「お前が手伝ってくれるの?」
 頭を撫でると犬神は力強く吠えた。ありがとうと再度撫でる。
「津留崎さん、さぁ早く」
 まごつく彼を急かし、守刀の柄に手を掛けた。
「……いや、大丈夫みたいだぜ?」
「は?」
 一瞬だけ津留崎に顔を向けた視線を戻すと、鎧武者が前のめりにガシャンと音を立てて倒れるところだった。
「はっはっは、終わったぞ」
 武者の後ろから現れた男――三日月宗近が、唐突に、朗らかな笑顔で終わりを告げた。


※憑霊等の解釈は、あくまで一例としてご覧下さい。
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