【鬼灯の冷徹】 転職しましたシリーズ | ナノ
地獄の沙汰は君次第2


「ごめんください」
 店内に、バリトンボイスが響き、客の訪れを伝えた。
「あら。鬼灯様、いらっしゃいませ」
 一人で店番をしていた零子が笑顔で出迎えた。お久しぶりですと会釈すると、鬼灯もそれにならった。
「初めてお会いしたとき以来ですね。お元気そうで何よりです」
「ありがとうございます、鬼灯様もお元気そうで。……あの、あの子たちも元気にやっておりますでしょうか?」
「妹さん達もすこぶる元気ですよ。今日も閻魔大王に素晴らしい悪戯をしかけていました。あれは痛快でしたね」
「そうですか。ふふ、目に見えるようですわ」
 気になっていた妹達の様子を聞けた零子は、口元に手を当ててコロコロと笑った。
「今日はどういったご用向きでしょうか?」
「ええ、冬虫夏草(とうちゅうかそう)はありますか?」
「申し訳ありません、そちらは今、品切れでして」
「では、威霊仙(いれいせん)は?」
「そちらも欠品中なんです」
「そうですか……」
 鬼灯はグルリと店内を見渡した。いつもなら精製された漢方薬はじめ、その材料が所狭しと並べられていたのだが、今は閑散として、空きスペースが目立っている。客もない。ここは桃源郷であるのに、陰気な雰囲気だ。
「仕入れが滞っているようですね」
 鬼灯は疑問ではなく、ハッキリと断定した。零子はなぜ分かったのかと目を丸めた。鬼灯は驚く彼女に、更なる爆弾発言を投下した。
「貴女を獄卒としてスカウトにきました。いかがです? こんな寂れた店より、よほど働き甲斐のある職場です。安定した給料と保障、シフト制ですが、休みもキッチリとれます」
「え、あ、あの、私は鬼ではありませんが」
「構いません。適性があれば、神でも妖怪でも英霊でもウチは受け入れます。私は貴女の適性を買っているんです。さぁ、こんな辛気臭い店など捨てて「ちょーーと、待った―ーー!!」」
 大きな音を立ててドアが開かれた。帰宅した白澤は目を吊り上げている。
「ウチの大事な従業員を勝手に連れて行かないでくれる!? そっちの人手不足解消の為にウチを人手不足にするつもりか!」
「人手不足というほど、忙しそうには見えませんが」
「今はたまたま! たまたま仕入れ先の搬入が滞ってて、たまたま裏山に寒波が来たから薬草が取れなくて、たまたま「たまたまたまたま煩いですね、この淫乱害獣が!!」ヘブッ!!」
 鬼灯が金棒で白澤を打ち上げた。垂直に打ち上げられた白澤はすぐさま天井に跳ね返され、その後、ボールのように何度か床と天井をバウンドしてから床に転がった。
 頭の上には、彼が背負っていた籠が覆いかぶさっている。ひっくり返っているが、中身はこぼれていない。何も入っていないから当たり前だ。先ほどまで、白澤は桃太郎と薬草摘みに出かけていたのだが、冷害によってことごとく枯れ果て、空振りに終わったのだ。
「この店、見事にやせ細りましたね。私には店を畳むカウントダウンが聞こえるようです。さすがは貧乏神」
 零子は貧乏神である。が、白澤は認めたくないと両手に顔を覆ってシクシクと泣き出した。初めから分かっていたのに、途中まで非常に上手く行っていたから、このところの不景気の原因が彼女にあると認めたくなかったのだ。一度の勝ちを忘れられず、ズルズルとハマるギャンブラーの心理と重なる。
 すっかり彼女に情が移っていたからでもある。
「あなたも、この極楽蜻蛉のスケコマシに、いい加減、愛想が尽きたんじゃないですか?」
 と、今度は零子に向き直った。
「いいえ!」
 零子は白澤をギュッと抱きしめた。彼に向ける眼差しは慈愛そのものだ。
「私は白澤様が望まれる限り、いつまでもおそばにおります。私を拾って下さったお優しい白澤様のお役に立ちたいのです。一週間で両手を超える女性に手を出された挙句にこっぴどく振られてお顔に紅葉を作ろうと、二日酔いで半日寝込む日が三日に一度あろうと、売り上げの大半が交際費に消えようと関係ありません。それらも全て白澤様の魅力です。これからも誠心誠意、勤めさせてください」
「零子ちゃん!!」
 感激した白澤は彼女を抱きしめた。
「今の、熱烈な告白っぽいけど、かなりけなしてますよね」
 白澤に遅れて、静かに帰宅した桃太郎が疲れ果てた顔で突っ込んだ。
「ちなみに、彼女を追いだそうとは思わなかったんですか?」
 鬼灯が至極もっともな疑問を投げると、桃太郎は気まずそうに視線を逸らした。
「彼女自身が原因だとハッキリ言えませんでしたし、元々俺が誘ったようなものですからね……。それに、彼女自身、本当に一生懸命働いてましたから。俺も白澤様も立て直そうと頑張ったんです。だけど働けば働くほどお客が減って、貧しくなっていったというか……」
 鬼灯はうんうんと頷いた。
「結果として客が減るというのが素晴らしいです。ぜひ、ウチへ来ていただきたいですね」
「あの、鬼灯様、今の話を聞いてどうしてそうなるんです? 地獄が潰れちゃいますよ?」
「心配いりませんよ。実はこのところ、地獄で問題が起きてましてね。是非、彼女の力を貸して頂きたいのです」
「うるせー! 零子ちゃんはやらないって言ってるだろー!! 彼女に奉仕して貰うために集めた品をまだ試してなんだからなー!!」
「まぁ」
「零子さん!? そこは喜ぶところじゃないですから!」
 嬉しそうな零子に対し、桃太郎は青い顔をしている。

 ジリリリリン ジリリリリン

 店の黒電話が鳴る。ビクリを身をすくめた桃太郎が、意を決して受話器を取った。
「おや、どうなさったんです?」
 ガクリと項垂れた桃太郎に、鬼灯が話しかけた。
「仕入れ先に三下り半を言い渡されました……。これでウチと契約していた問屋は全滅しましたよ! どーするんスか! 白澤様ー!!」
「ほう」
 鬼灯はギャンギャンと言い争いを始めた白澤と桃太郎を尻目に、零子に話しかけた。
「先ほどから呼ばれている『零子』というのはあなたの名前ですか?」
「はい。白澤様が付けてくださいました」
 ポッと頬を染めて微笑む彼女は大変可愛いらしい。やはり衆合地獄(淫楽に溺れた者が落ちる地獄)に来て欲しいと思った。お香はじめ、あそこは亡者を惑わす美女ばかりで構成されている。人手不足もあるが、何より、鬼灯には彼女に来てもらいたい切実な理由があった。
「実はですね、先日、妹さんたちにも私が名前を付けたんですよ」
「どんな名前ですか?」
「一子と二子です」
「まぁ、可愛いらしい。私も、いつかその名で呼んでみたいですわ」
「では会いに来られますか? いっそ獄卒として働けば毎日会えますよ? 寮も完備しておりますから、一緒に住むことも可能です」
「え?」
 妹達に会える。しかも一緒に住むことが出来る?
 鬼灯の提案は、零子にとってとても魅力的に聞こえた。座敷童子から貧乏神に転じてからは、妹たちが厄介になっているお宅に迷惑を掛けてはならないと、なるべく離れて過ごしてきた為、寂しい思いをしてきたのだ。
「でも、私を受け入れてくれた白澤様へのご恩が……いえ、それより、頼ってくれる彼を放っておけません。この場所(お店)も、好きなんです」
「ふむ、座敷童は『家』にとりつき、『家』を繁栄させる妖怪ですが、貧乏神に転じた貴女は『個人』と『家』にとりつくようですね。両者に共通しているのは、縁を深めれば深めるほど、その影響が増してゆく、と。なるほど……」
 零子の懸命の訴えを受けた鬼灯は、顎に手を当てて考え込んだ。そういえば、座敷童子の双子が彼女を指して、こうも言っていた。姉は惚れっぽく、しかも、だめんずなうぉーかーだと。
「あの色魔に保護欲をそそられる貴女の性癖は置いておくとして。……分かりました。ことを急いて仕損じるよりいいでしょう。提案内容を変えます。零子さん、あなたウチへ出稼ぎに来ませんか?」
「出稼ぎ、ですか?」
「勝手なことを「あんたは黙っててください!」」
 意義を唱えようとした白澤を桃太郎が抑え込んだ。
「はい。これは両者にとっていい話です」
 と、前置きした鬼灯は、地獄の現状を話し始めた。地獄は今、亡者で溢れかえって飽和状態だという。十王はじめ獄卒も休日返上で働いている。が、それでも処理しきれないのだとか。
「最初は誰も気付かなかったんですが、とある獄卒がこの状態を指して『大盛況だね』と言ったんです」
 余談であるが、その獄卒とは、普段はぼんやりしているが、時たま鋭い指摘をする、地獄のチップとデールの片割れこと茄子(なすび)である。
「あ!」
 桃太郎が声を上げた。
「そうか、地獄にとってのお客さんは、亡者だ!」
「そうです。どうやら名を与えた座敷童の二人が、地獄と縁を深めてパワーアップしたようなんです。それで、地獄が繁盛した……といいますか、地獄が繁盛しても仕方がありませんので、亡者の数を減らしたいのです。そちらはそちらで、零子さんが店にいる時間が減る上、こちらで働いた分はきちんとお給料を支払います」
 少々大変ですが、通いですから店を出る(引越しする)必要はありません。白澤の役に立てますよ。と言われた零子はすっかり乗り気だ。役に立てる上に、妹たちにも会える。彼女にとっては夢のような話だ。
 光明が見えた桃太郎は「良かった〜、良かったよ〜」と泣き出す始末だ。
 一人、未だ不満気な顔をしている白澤であったが、
「それに、彼女の帰る家(店)を失くしたくないでしょう?」
 と、言われてしまっては、KOされるしかなかった。

 こうして話はまとまり――閑散たる、すっかり寂れた極楽満月で、常闇の鬼神と貧乏神だけが満面の笑みを浮かべていたという。
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