08 あたしの脳内選択肢が、霊能者の弟子を全力で否定している
「ごちそー様」
「おそまつさま」
腕を上げたわね、と母さんに褒められたので、照れくさくなって頭を掻いた。
「お邪魔しまーす」
約束の時間より少し早く螢子がやってきた。
「あー! もしかして、今日は悠の手作りだったの!?」
母さんが「美味しかったよん」と笑って肯定するので、螢子は食器を片づけているあたしに、つっかかってきた。
「どうしてあたしには悠の手料理を御馳走してくれないの? 前からお願いしているのに!」
「だってお前ん家、商売やってるじゃないか。プロ(おじさん達)の料理に慣れたお前に出すには修行不足だよ」
螢子の家は「雪村食堂」という定食屋を営んでいる。早くて安くて美味いという、定食屋の鑑のような店だ。そんな環境下で育ってきた螢子に食べさせるには、あたしの作ったモノじゃまだまだだと思っている。
だからと、穏便に宥めようとしたのに、母さんが横から茶々を入れてきた。
「そんな事ないわよぉ? 出汁も良かったけど、主役の麺が美味しかったわ。あれ、悠の手打ちよね?」
余計な事を言うな! と視線を送るも、全く気づきもしない母さんは、輪を掛けて余計な事をペラペラと喋り出した。
「悠は無類のラーメン好きでしょ? それが高じて、将来はラーメン屋をやりたいらしいのよ。だから色々試行錯誤している内に、とうとう自分で麺を打つようなっちゃってさ。凝ってく内にうどんまで打ち出したのよー!」
おっかしいでしょ! と母さんは爆笑し始めた。そりゃあ試作品ではあったが、出汁まで全て平らげたのはどこのどいつだ! と文句を言ってやりたかったが、螢子が頬を膨らませ始めたのに気付いて溜息を付いた。
仕方がない。まだ言うつもりは無かったんだけど。
あたしより頭一つ分低い螢子の目を見て話そうと、少し屈んで彼女の肩に手を置いた。
「あたしの店が出来たら、螢子に一番の客になって貰いたいんだ。お前には半端なモノを食べさせたくない」
だからもうちょっと待ってくれ、と頼むと怒りが収まったのか、コクンと頷いてくれた。しかしなぜか顔を赤くして「悠の将来が心配」などと言い出した。
母さんはやっぱり笑っている。
あたしはワケが分からず首を傾げた。真面目に将来の話をしたつもりなのに。
「螢子ちゃんにはいっつも迷惑掛けて悪いわね。これからもよろしくしてやってよ」
「もちろんです。本人が自覚を持ってくれたら早いんですが」
そりゃあ螢子は才色兼備かつ品行方正で、周りからの信頼も厚い出来た子だ。だが、そんな螢子に迷惑を掛けるような生活を送っているつもりはない。
「別に頭をポマードで固めてリーゼントにしたり、喫煙や飲酒、パチンコや万引きなんかもやってないぞ?」
「リーゼントも問題だけど、そのあと挙げたのは犯罪!! 絶対やっちゃダメなの!!」
あたしのボケとも言える発言に、螢子が即座に反応した。母さんはバレない程度ならいいわよーなんて言っている。どっちが親だか分かりゃしない。
結局、先ほどの心配発言の意味が分からなくて不思議そうにしているあたしに、螢子はものすごく真剣な顔で、
「悠は男前過ぎるのよ」
と迫ってきた。なんじゃそら。
「いざとなれば、女が男を押し倒しゃいいのよ。今時の男なんて、草食だ絶食だって呼ばれる軟弱者ばっかりだから、女がしっかりしないとね」
「なるほど」
「なるほどじゃない! 温子さん! 中学生の娘に変な事を教えないでください!!」
お気楽を地で行く母さんの発言に、螢子のツッコミが冴えわたった。
++++
今日はようやく決行されたハンティングDayだ。母さんの発言を受けて男を狩りに来たのではない。狩りに来たのは服だ。
平たく言うと、バーゲンだ。
螢子は果敢に人だかりに飛び込んで行った。あたしはというと、少し離れた場所で荷物持ちをしている。
年相応に興味はあるが、正直なところ彼女ほど熱意は無い。何かと世話を焼いてくれる螢子の見立てで事足りているくらいだ。
因みに今日の服装も螢子の見立てだ。悠は青が似合うね、とブルージーンズを主役に、シャツとショートコートでシンプルに纏め、ブーツを合わせている。
動きやすい恰好が好きなあたしの好みも汲んでくれたコーディネートだ。
青は螢子の好きな色だ。あたしにも好きになって欲しいのか、本当に似合うのかは分からないが、選んでくれた恰好にくすぐったい思いをしながら螢子を目で追いかけている。
一緒に遊ぶという約束を先延ばしにしたから、今日はその埋め合わせという意味もあり、彼女の好きにさせている。
例によって、霊界探偵の任務だ。今思えば、ぼたんがチラつかせた全世界異種格闘技戦の東京ドームチケットに釣られたあたしもバカだった。
――霊界探偵としての仕事だったから、弟子の選抜を受けたんだが、あんたの弟子になるつもりは無いんだ。悪いな。
――確かにあんたに霊光波動は必要ないみたいだね。
任務の内容は、高名な霊能者である幻海というばーさんの、後継者選びの選考会に出る事だった。任務の目的は、弟子に成る事ではなく、選考会に紛れた極悪妖怪たちの牽制だった。
うっかりしていたあたしも悪いんだが……そいつらを蹴散らしながら順調に勝ち進んだ結果、弟子に選ばれてしまった。
だが、弟子になるつもりが全くなかったあたしは、早々に断った。
――分かるのか?
――フン、舐めんじゃないよ。あんたは人間であって人間じゃないね。
流石、霊能力者の頂点と言われるばーさんだ。これなら弟子の話は無しだなと、高を括っていたんだが。
――とはいえ、今日からあんたはあたしの弟子だ。覚悟するんだね。
――は!? 必要ないって言わなかったか?
――手間暇掛けて用意した選考会を勝ち抜いたのはあんただ。きっちり責任取りな。
色々ごねてみたが、結局、ばーさんの弟子になってしまった。というか、もれなく付いてきた修行のせいで、一週間も学校を休むハメになってしまったのが一番痛かったかもしれない。随分と螢子を心配させてしまった。風邪って理由はやっぱ苦しかったか? しかし、正直に山籠もりしてたって言ってもなぁ……。
母さんには、ばーさんが静流さん経由で事情を話したら、納得してくれたようだ。ばーさんと静流さんが知り合いだったのは驚いた。世間は狭いって言うのはマジかもしれない。
そういえば、選考会に居合わせた静流さんの弟で、自称・あたしのライバルの桑原が、霊視(ってヤツか?)に目覚めたと言っていたのを思い出した。妙なモノを見る機会が増えて、ばーさんを訪ねたら、選考会に出るハメになったアイツは、なぜか霊能者の階段を駆け上がっていった。ある意味、問題解決に繋がったのかもしれない。が、その見返りか、極悪妖怪相手に大ケガを負わされていた。とはいえ、タフの権化なアイツの事だ。大丈夫だろう。
「……ったく、気持ち悪い虫だな」
桑原じゃないが、さっきから妙なモノがチラチラと視界を掠めていた。
あたし以外の人間が気付いている様子はない。
こんなモノが見えるのは、霊力の扱いが雑だとか、無駄が多いとか、しごきにしごかれた挙句に溜まった疲れのせいだろうか。
「寄るな」
近付いて来た虫をピンと指で弾く。残念ながら、幻じゃなかったようだ。
「また近い内に、ぼたんから連絡があるのかもなぁ……」
溜息を吐いて荷物を抱え直した。