06 霊界の秘宝と三人の盗賊
「いや〜、ぼたん、助かったよ」
あたしは今、ぼたんと一緒にあたしの部屋で初任務成功の祝賀会を行っている。
「探偵助手としては当然さ! じゃなくて悠!! あたしは怒ってんだよ!!!」
「な、なにがだよ! ちゃんと犯人の一人は倒しただろ!?」
つもりだったんだが。
「それはいーんだよ、秘宝を盗み出した三人組の一人である剛鬼(ごうき)を早々に捕まえたのは大したもんさ。だけどね、あたしが怒ってんのは、あんたが単独で犯人たちの前に飛び出して行ったことさ!!」
どうやら反省会になりそうだ。怒り心頭のぼたんは、勢いよく顔を近づけてきた。鼻息も荒い。たじろいだあたしは一歩下がった。
「お、落ち着けよ。ついノリというか、犯人を見つけたんで、逃がす前にと思ってだな」
「『聞いて驚け! あたしは霊界探偵の浦飯悠様だ! 神妙にお縄につくんだな!!』だったよねぇ? 100%ノリじゃないか!!」
途中から合流した筈なのに、なんで知ってんだ?
「一度やってみたかったんだって」
カッコいいじゃないか、と笑ってやれば、二度とするなと怒られた。策の一つも考えろと言われてもなぁ。
「それにしても、あの技は見事だったね」
「相手がどんなに頑丈なデカブツでも、頭ん中揺らしてやればダメージになるからな」
手が届けばテンプル(頭頂部)を狙ってやったんだが、届かなかったので、てこの要領で思いっきりアゴを打ち上げてやった。トドメはコメカミだ。
これも趣味の格闘技観戦で身に付けた技だ。桑原にかましてやった時は、一週間学校休んだっけ。内臓殺しに匹敵する記録だったな、と思い返していると、ぼたんは感心したように声を上げていた。
いや、あたしからしたらぼたんの功績もかなりのもんだけどな? 未だ指に嵌めたままのメリケンサックを眺めて一人ごちた。フォローは任せろ! と、彼女に手渡された武器は、実にエゲツナイものばかりだった。これはその内の一つだ。
ともあれ、霊界秘宝を一つ、ゲットだぜ!
++++
「一週間ねぇ……」
剛鬼を捕まえて早々、早速パトロールを開始している。どうやら期限あるようで、ぼたんの話ではそれが一週間とのことだ。無茶振りもいい加減にしろと言いたい。
時間がないということで、ぼたんと二手に分かれて犯人を捜索中だ。虱潰しに探しているが、コエンマが指定した範囲も中々に広い。二人だけで見つかるんだろうか。
前回、三人組の盗賊を見つけられたのは、運が良かっただけだからな。特にアテもなく、パトロールと称して街をぶらついていただけだし。
「と、思っていたんだが……」
ピピピッ
ぼたんに持たされた霊界七つ道具・妖気計(妖怪が近くにいると、その方向と距離を示すコンパス)に反応が現れた。
「また運が良かった……じゃないよなぁ?」
都合よく目の前に、捜索対象の一人が立っているなんて出来過ぎだろう。
(待ち伏せってヤツか?)
あたしの警戒を余所に、
「警戒しなくていいよ。オレは戦う気も、逃げる気もない」
と、言った盗賊の一人は、蔵馬と名乗った。
「頼みがあるんだ」
結局、その日は、三日待ってくれたら宝を返すという相手の要求を飲むことにした。
こっちは待つ必要が無いどころか、急がなければならならず、相手が宝を持ってバックれる可能性もあった。が、それでも待つ事にした理由は、ヤツの目がウソをついているようには見えなかったからだ。
(……ん? バックれるつもりなら、ワザワザ言う必要はなかったよな?)
そういえば、コイツは他の二人と仲間割れしていた事も思い出した。
「何か理由でもあるのか?」
三日後、約束通りに現れた奴に(正直、あたしの方が約束を忘れていた)、不思議に思って聞いてみた。蔵馬は愁傷な顔をして、場所を変えようと言ってきた。
連れて行かれた場所は病院で、引き合わされたのは蔵馬の母親だった。
「あら、珍しいわね。秀一がお友達を連れてくるなんて」
「あ、母さんは横になってて」
「はいはい……。お嬢さん、ごめんなさいね、こんな格好で」
「いえ、気にしないでください」
素人のあたしが見ても、かなり病状が進んでいるように見えた。そんな母親に対して甲斐甲斐しく世話を焼く、秀一と呼ばれた蔵馬(コエンマの話では妖怪だった筈だ)に対して首を傾げた。
「……秀一っていうのは、人間界でのオレの仮の名前さ」
場所を変え、詳しい説明を受けることになった。聞けば元妖狐だそうで、ハンターに追われて人間界に逃げて来たらしい。その後、人間に憑依して、彼女の子供として生き延びてきたという話だ。だが、いつの間にか、本当の母親のように慕っていたのだと、
「……この鏡を使って彼女を助けたい。それさえ叶えば、宝を返して自首するつもりだ」
懺悔だと言って全て話してくれたコイツは、悪い奴じゃないんだろう。だからこそあたしは大きな溜息を吐いた。
――3日後っていったらちょうど満月だろ?
「あんたは自分の母親が、子供が死んで泣かないと思っているのか?」
――蔵馬が持っている宝・暗黒鏡は、満月に力を発揮するのさ。
「母親が大事なら泣かせるなよ」
――あの鏡は、覗いた者の欲望を映し出す鏡。覗いた者の望みを叶えてくれると言われているんだ。ただ願いを叶える為には、覗いた者が捧げなければならないモノがある。
――捧げなければならないモノ?
――命さ。願いが叶うと同時に命を失ってしまう魔の鏡。暗黒鏡と呼ばれるゆえんだよ。
――ほー。それなら慌てて回収しなくても良さそうだな。
ぼたんとの会話を思い出す。盗賊がそんな愁傷な願いをするとは思わなかったが、コイツは真剣なんだと痛いほど伝わってきた。だから、
「任せろ、あたしも協力する!」
と、伝えると、蔵馬は焦ったようにそれを拒んだ。命を危険に晒すのだ、死ぬかもしれないと。
「安心しろ、もう死ぬつもりなんてねーから」
笑って言い切ると、彼はあたしの説得を諦めたらしい。大きな溜息を吐いて、よろしくと丁寧に頭を下げた。
余程母親を大事に思っているようだ。釣られて、あたしも自分の母親の姿が浮かんだ。明日の朝も、生きている事を泣きながら確認されるのだろうか。あたしの方が泣かしてたなと苦笑した。
「よし、同盟でも組むか!『母さん大好き同盟』だ!」
いい考えだとばかりに持ちかけたのだが、謹んで辞退された。「母は大事ですが、マザコンではありません」との事だが、どう違うんだ?