04 探偵と助手
小さな頃、神隠しにあった事がある。もうじき小学生になろうかといった頃だ。
近所の婆さんは、数えで七つくらいまではあの世とこの世の境いに位置する不安定な存在だからだ、なんて言っていたがハッキリした理由は今でも分からない。
その頃のあたしは、少しずつ知恵の付いてきた周りの子供達に、母子家庭という理由で馬鹿にされるようになった。
男は容赦なく殴ってやったが、女は殴れなかった。
それをしたら、あたしの大嫌いな母さんを殴っていた男と一緒になってしまうと思ったからだ。
余談だけど、この男は遺伝子上はあたしの父親と呼べる存在だけど、あたしは父親だなんて認めていない。母さんと別れた今は赤の他人だ。
話を戻すな。
母さんがあの男と別れた頃に出会ったヒーローの影響もあって、あたしが『いい男』になって弱い女を守るんだって思ってた時期もあった。
だけど、時々女の方が男より性質が悪い時があるんだ。あんたも女なら分かるんじゃないかな。
徒党を組んで弱いモノをネチネチといびり続ける。それも間違いなく女の一面で、女も嫌な面を持っていると、苛められてはじめて学んだ。
だからあたしが守るのは、どんな時でも味方でいてくれた螢子と、あと一人。
神隠し。
行方不明になる事を一括りにそう言うらしいが、戻ってきたあたしを抱きしめて母さんは子供のように泣いた。
やっぱり母さんを守るのはあたししか居ない、そう思ったんだ。
それは今も変わらない。
「霊界探偵の仕事を請け負うのはいい。だけど、母さんと螢子を巻き込まないでくれないか。ただでさえ死んで生き返って、なんてドタバタやって心配かけたばっかりなんだ」
あたしの話を聞き終えたぼたんは、黙ったまま俯いてしまった。
全く反応が無いのも気になって、覗き込んでみると。
「ちょっ、おい!」
大量にダバダバと涙を流していた。滝か。彼女の泣きっぷりにこっちが焦ってしまう。
「変な話をしてすまなかったな。頼むから泣きやんでくれよ」
ポケットからハンカチを取り出して……と思ったが、今朝螢子に貸したままだった。それを思い出して、制服のスカーフを取る。
「ハンカチを切らしてて悪いな。ほら、これでも使ってくれ」
あたしの差し出したスカーフを受け取ったぼたんは「あんたやっぱり男前だよ」とまた余計な事を呟いて涙を拭いだした。
正直、拍子抜けだ。
幽霊として一緒に空に浮かんでいる間、彼女の人となりを何となく掴んでいたとはいえ、これまで案内人として数々の死を見て来ただろう彼女は――実はもう、涙なんて流さないのかと思っていた。
はじめに会った時のは、ポーズだと思っていたし。
きっと、人の死や痛みに鈍感になっているのではないか、と。そう思っていた自分が恥ずかしい。
「ありがとな」
だから自然と口から礼の言葉が出た。聞く話によると、彼女があたしの助手として動いてくれるそうだ。
きっと上手くやれるだろう。
これからよろしく。そんな思いを込めて差し出した手を握ってくれた彼女の笑顔に、あたしも笑顔になる。
「大変だ! 悠、大事件だ!! 至急霊界探偵の活動を要請する!!」
あたしは思った。彼女の上司も中々空気の読めない男だ、と。