03 賽の河原を拒否した結果
「……だからな。お前ェ、此処に住め」
「やだ!」
「やだ?」
「だって、ここにすんだら、もうお母さんに会えないんでしょ?」
「お前ェを生んだ母親はただの人間だからな、そりゃ無理だ」
「だったらやだ! しのぶに会えなくなるのもやだ!」
「しのぶ? しのぶって誰だ? 友達か?」
「あたしのヒーロー! あたし大きくなったらしのぶとけっこんするの!」
「なんだって!? おい! どういう事だ、悠!!!」
「悠!! 起きてよ、ねぇったら!! 悠!!!」
なんだかすごく懐かしい夢を見た気がする。
「……何?」
だけど、大声であたしの名を呼ぶ声が煩くて、どんな夢を見たのか思い出す前にそちらへ意識を向けた。
「お、きた……。良かった〜〜悠〜〜〜〜」
叩き起されたと思ったら、母さんが泣きながらしがみついてきた。
思わず苦笑を漏らす。生き返ってもう数日経とうと言うのに、毎朝の恒例行事と化していたからだ。
「そんなに泣くなよ。目が溶けちまうぞ? ほら泣き止んで。あたしは大丈夫だからさ、ちょっと寝過ごしただけだろ?」
「車に跳ねられて寝過ごしただけって何よ〜〜、本気であんたの葬式を考えたんだからね〜〜〜〜」
普段は呆れるくらいマイペースで能天気な母親なのだが、あたしが臨死体験をしている間に、かなり心配を掛けてしまったらしい。
いつもの母さん像を忘れそうになる程の情けなさ具合だ。実の父親と呼べる男にどんなに殴られようとも、涙ひとつ見せなかった人なのにな。
あたしは未だおいおいと涙を流す母さんを抱きしめ返した。
「いつまでも泣くなよ。親不孝者にならなかったんだからさ、ちゃんと笑ってよ」
「簡単に言うなぁ〜〜!!」
更に泣き出した母さんをヤレヤレと思いながらも、泣いてくれる母親を残して逝かなくて良かったと、しみじみと思った。
無茶振りされた試練とやらを頑張って良かったとも。
(それにしても、結構ギリギリだったんだよな。母さんと螢子には感謝してもしきれないな)
もう少しで生き返る体が無くなるところだったと聞かされた時はゾッとしたものだ。
医師の死亡診断を受けて安置所に寝かされていたあたしの身体は、コエンマから卵を受け取った時点で息を吹き返した。仮死状態というヤツだ。
それに気づいてくれたのは、母さんと幼馴染の螢子だったのだそうだ。
「悠ーーーー!」
噂をすればか。
「母さん、螢子が来た。そろそろ支度して学校に行って来るよ」
久しぶりにセーラー服に袖を通して鏡の前でチェックをする。
(流石にこの格好をしている時は、男に間違われる事はないんだがなぁ。ジャージ姿ってだけで、あの世の使いにまで間違われるなんてどうしたものか)
自分ではそこまで男顔だとは思っていない。むしろ母さんに似た、丸みを帯びた輪郭をしているのに可笑しな話だと考えている。
(やっぱ、この頭か?)
自分の短い髪を摘み上げて唸るも、答えが出るはずもなく。取り敢えず、あの日ジャージに着替える原因を作った友人の桑原を殴っとこうという結論に至ったところで、螢子から催促の声が掛かった。
急いで支度を済ませて、一緒に家を出た。
因みに、いつも一緒に登校している訳ではない。今日から久々の登校という事で、心配して来てくれたのだろう。彼女にも母さん同様、随分と心配を掛けてしまったようだ。
だからだろうか。
いやでも、コレは……。
「螢子、小学生じゃないんだから手を繋いで登校ってのはちょっと恥ずかしいんだけど」
「車道に飛び出すような危ない人は一人で歩いちゃいけません!」
「おいおい」
それはお前だろ。元々子供を庇おうと車に向かって突っ込んで行ったのは誰だよ。その事は綺麗に忘れてやがるな?
「確かに心配かけたあたしも悪かったけど、お前が先に飛び出して行った事、覚えてるか?」
「……うん、ずっと謝らなきゃって思ってたの。ごめんね、悠」
そんなにキツくお説教をしたワケではないんだが、螢子は徐々に瞳を潤ませてゆき――。
「悠ーーー!!!!!」
泣きながら抱きついて来た。今朝の母さんの二の舞か。
ああ、もう全く。
「あたしは大丈夫だから。そんなに泣くな。可愛い顔が台無しだぞ?」
泣いてくれてありがとな。と彼女にハンカチを渡して、あやしながら頭を撫でていると。
「そこの如何わしい雰囲気を作っている女生徒二人!! ちょっと宜しいですか!?」
「……は?」
誰が如何わしいって?
声のする方へ顔を向けると、周りから「キャー!」だの「もう終わり〜!?」などと黄色い声が聞こえてきた。
…………何事?
気がつけば、あたし達の周りには人垣が出来上がっていた。ウチの学校の生徒だけでなく、通勤・通学途中の皆さんのようだ。しかも皆一様に顔を赤らめている。
「一緒に、来て下さーーーい!!!」
事態を飲み込めないあたしが頭の上にハテナを飛ばしている内に、声を掛けてきた女に手を引かれてその場を退散する事になった。
++++
近くの公園に移動したあたし達は、改めて女と向き合った。
「で、あんたは?」
声で女だと分かったが、相手は全身をマントですっぽりと覆い、顔すら隠している。どっちが如何わしいんだ。
女は徐ろに手を挙げた。その手には水晶球が握られている。
「あなた、大変に変わった星の元に生まれてますね。非常に大きな使命を持っていますよ」
女があたしに向かって言った言葉に、螢子は困惑気味だ。
「あの、すみません。あたしたちそんなに持ち合わせが無いので、占って貰うワケには……」
女の風体や言動から客引きだと思った螢子は女に断りを入れたが、女はケラケラと笑いだした。
「ついこんな格好をしたもんだからちょっと成りきってみたのさ、似合うかい?」
バサリとマントを脱いで現れたのは、先日一緒に空を飛んでいた――
「ぼたん!?」
「え? 悠の知り合い?」
「覚えていてくれて嬉しいよ。今日はあんたに話があってさ、霊界のモガッ」
ぼたんが不穏な単語を口にしたので、取り敢えず彼女の口を塞いでおいた。
(おい、螢子を巻き込むな! 放課後に話を聞くからそれまで待ってろ!)
(あ、そうだね。一般人には口外しちゃいけなかったんだ、了解したよ!)
どんなウッカリさんだ! しっかりしてくれよ案内人!!!
あたしがぼたんと小声トークを終えてウンザリした様子で螢子の元に戻ると、彼女は不思議そうに誰だと聞いてきた。
「彼女はな、以前お世話になった………………………………………
………………コスプレイヤーさんだ」
怪しい占い師だけでなく、振袖姿の空飛ぶ死神に変身するんだよ。