今日もまた
兵部はプライベートスペースでまったりくつろいでいた。今日は全く予定の無いフリーな一日。
久し振りにノンビリくつろいでもいいだろうと、今日は朝から自堕落を満喫していた。P.A.N.D.R.Aのトップとして、最近は働き過ぎだったと自分でも思う。いくら老化遺伝子をコントロールしているとはいえ、結構いい歳なのだ。……もちろん、他人がそれを言えば問答無用で叩き伏せるが。
因みに真木辺りが今の兵部を見て「もっとちゃんと働いてください」と渋い顔で言うかもしれない事実は伏せておこう。
しかし、そんな彼の自堕落スペースに飛び込んできたのは、一人の元気な少女だ。
「しょーさ! おはようございまーす! さーお掃除しますよー! ほら、足上げてくださーい。はい、OKです。ご協力感謝します!」
「……ああ」
何となく本を広げてぼんやりとソレを眺めていたのだが、少女の登場で元々低かった読む気がすっかり失せてしまった。
ひとつ溜息をついて、掃き掃除を終え、今度は拭き掃除を始めた少女に向き直った。
「お前はいつも元気だね。そしていつも掃除掃除。いい加減飽きたりしないのか?」
「コレは私の大切なお仕事ですから! お仕事に飽きは関係ありません!」
「ああ、そう……」
彼女はP.A.N.D.R.Aに所属する唯一の非エスパーだ。言い換えればノーマル。この場で最も場違いな人間。
そんな彼女がなぜこの場にいるのかというと――
(めずらしく、仏心を出しちゃったから、なんだよな……)
いつも通り、ノーマルに排他されるエスパーを助けに行ったら、一緒に連れてきてしまった。しかも、その時のゴタゴタに巻き込まれた彼女は帰る場所を失った。
だから、一応コトを興したお詫びのつもりで衣食住を保証した。
ただそれだけのコト。
それだけのコトなのに、しかも彼女の立場から言えば、こちらを恨んでもおかしくない筈だ。なのに毎日毎日、元気に笑顔を振りまきながら掃除を行う。
与えられた仕事がそれしか無いのもあるが、それでも不思議に思ってしまう。
「お前は、さ……」
「はい?」
ずっと不思議に思っていた。だからつい、ポロッと口から飛び出した言葉を止ることが出来なかった。
「僕たちエスパーが怖くないの? 本当は、恨んでいるんじゃないのか?」
エスパーは化け物として、しばしば迫害対象になる。いくらB.A.B.E.L.を筆頭に共存を謳った所で、その力を持たないノーマルがエスパーを理解するのは難しい。理解できない存在は、排他する方が楽で簡単なのだ。
だからいつまでも両者の溝は無くならない。P.A.N.D.R.Aも無くなることはないのだ。
兵部の言葉を受けた彼女は、きょとんとした表情で目をパシパシと瞬かせた。そして、すぐにニッコリと笑顔を作った。それはいつも目にする笑顔だ。
「エスパーでも、エスパーじゃなくても、怖い人も居れば怖くない人もいます。少佐達は怖くないです。私は、ここに連れてきて貰えて感謝しています!」
シンプルイズベスト。
彼女の言葉に、兵部は二の句が継げないでいた。
額の傷を負って以来、それなりに人を見る目を養ってきたつもりだったが、彼女に関しては甘く見ていたのかもしれない。害はないと踏んで放っておいたが、案外脳天気そうな笑顔の下に、波瀾万丈な人生を隠していたのかも――。
「そう、まぁそれでもいいよ。仕事の邪魔をして悪かったね、もういいよ」
「?? はい、ではまた明日、お掃除に来ますね。失礼しました!」
やはり笑顔で片付けをして去ってゆく彼女の後ろ姿に、兵部は声を掛けた。
「いつも、綺麗にしてくれてありがとう」
やはり彼女は笑った。だがいつもの笑顔より、僅かに華やかな笑みだった気もする。
「エスパーでも、エスパーじゃなくても、か……」
そんなコトは分かっている。分かっていても、もう自分は止められないし、止まるつもりもない。
いつも自分の仕事だと一つも手を抜くことなく、『綺麗』に掃除をしてゆく彼女。だが、たった一日や二日休んだだけで、すぐに『綺麗じゃなくなる』。
彼女が何に拘っているのか、正直なところ良くわからないし、分かる必要もないと思う。
ただ。
(……悪くはない、な)
綺麗な空間で、ノンビリとくつろぐ時間を、ただそう思うだけだ。