王様の耳はロバの耳 5
一足先に、暗黒武術会に会場入りした私は、ワクワクと期待に胸を膨らませて案内されたVIP席へ足を踏み入れた。
のだけれど。
(アレ? もしかしてココってアタリじゃなくて、ハズレ?)
VIP席に居座る(恐らくそうそうたる)セレブの集まりを目の当たりにした私は、正直そう思った。
集まった皆さんは、なんかこう……欲望を忠実に追い掛けている、という事を再現したかような外見をされていると言いますか。
テカッテカのツルツル。たぷんたぷん。ギラギラ。ドンヨリ。擬音語ばかり並べて見たけど、伝わっただろうか。
一目見て、ああ、住んでいる世界が違うんだな〜、などと感慨深く彼らを眺めていたら、彼らもこの場にやってきた全方位で小娘の私に怪訝な顔を見せる。
まぁ、彼らからしたら身分を明かしていない私は明らかに場違いだろう。
だからといって、どこの下賤な馬の骨だ。なんて見下した視線でモノを言わないでくれないかな。ある意味、器用なおっちゃん達だ。
仕様がない……
私はにっこり笑顔を作って「すみません、間違えました」と回れ右をした。
あんなおっちゃん達と楽しく試合観戦が出来るかってーの!
「闇の世界に関わり、悪魔に魂を売った人間の特権とでも言いますか……この世で地獄を見られる気分は善良な貧乏庶民には分かりますまい……」
去ってゆく私の背後から、彼らの談笑が聞こえる。
笑い続ける男の声を拾いながら、悪趣味だなぁと感想を抱くと共に、さして彼らと立場は変わらないのかもな、と思い直してちょっと凹んだ。
++++
さて、アテが無くなったしどうしようかな、と場外をウロついていると、見覚えのある人影があった。
あの目立つ青い頭は。
「ぼたんさん、来てたんですね」
振袖姿のぼたんさんが居た。軽く手を上げて挨拶をする。
どうしてこんな処に?と思ったが、少し先に二人の女性が話しているのが見えた。
ブラウン管越しに見覚えがあるぞ? えーと確か、浦飯君のガールフレンドちゃんと、桑原君のお姉さんだったっけ?……名前は忘れたけど。
きっと彼女たちと試合を見に来たんだろうな。
「あ、弥美様! どうしたんです? 弥美様はもうとっくにVIP席に向かったって聞きましたよ?」
「あーうん、まぁねぇ」
兄に散々ゴネて獲得したにも係わらず、自分から放棄しました。などとは言いにくい。私が言葉を濁していると、ぼたんさんが「お手洗いですか?」と聞いてきてくれたので、頷いておいた。
って、何だか本当にお手洗いに行きたくなってきたな……。
私は、じゃあねと彼女に手を振って本当にお花を摘みに行くことにした。
と、その前に。
「ぼたんさん、コレ浦飯チームの皆さんに。くれぐれも私から、ということは秘密にして下さいね」
まぁ、全くもって大したものじゃないけどね。
ぼたんさんは、私に手渡されたモノを見て首をかしげながらも了承してくれた。彼女も一応私が潜入調査(?)をしているのを知っているし、きっと秘密にしておいてくれるだろう。
さっきのセレブ達を通して確認した悪趣味な同族嫌悪を少しでも払拭したくて手渡したモノは、本当にささやかなモノ。ただの自己満足だ。
「それにしても、どうしてトランプとウノなんです?」
偶々荷造りに入れていたモノで、そう言えば彼らがやってたような記憶がよぎったからです。とは言えまい。
「試合の合間の気休めに使ってくれたらいいなと思いまして」と答えて、私は空笑いをするばかりだった。
++++
結論から言いましょう。スリリングではありましたが、大変 美味しい 見ごたえのある試合を十二分に堪能させて頂きました。
「おい、嬢ちゃん。お前さん、大丈夫かい?」
「らいじょうぶれすよ、ふへへへへ」
「あんた……一応コエンマの旦那の妹さんなんだろう? せめて、ソレなんとかしたらどうだ」
顔面が血みどろ殺人事件の惨劇の場と化していた私に、おっちゃんがティッシュの箱を渡してくれた。私はありがたく受け取って、ティッシュを鼻に詰める。
おっちゃん、ありがとう。と箱を返したら、何だか益々呆れた顔でこちらを見てくる。
おっちゃんが、渡したんでしょ。ティッシュを渡されたら当然、鼻に詰めるじゃないか!
まぁ、何だかムカつく視線を向けてくるおっちゃんは置いておいて。
只今の状況を実況致しますと、仲良くなったダフ屋のおっちゃんの隣で写真のデータ確認なう。
因みに、全て私の作品だ。これまでの技術と 重い 想いを込めて撮った傑作たちです。
しかもこれはズルではないんですよ! 一言で言うと、蛇の道は蛇だった!
というか盲点でした。そうだよ、私も働けば良かったんですよ!
ダフ屋のおっちゃんと運命的な出会い(単に客として声を掛けられただけとも言う)を果たした私は、おっちゃんを通じて大会の裏方さんに雇われまして。
大会側としては、各チームのカメラマンを用意していたけれど、ゲストチームは嫌われていたのか、カメラマンが決まってなかったんですね。
そこで私の出番! あいにく履歴書なんて持ってなかったけど、これまで培ってきたカメラ技術(追っかけで、しかもアマだけど)と、ゲストチームへの熱い思いをプレゼンしたところ見事採用され、堂々と会場内でカメラを持てる身に!!(人手不足と言うなかれ)
そして大会開催中は、配給されたとても立派なカメラ(一眼レフで私のカメラの4〜5倍はすると思われるモノ)を構えて浦飯チーム(の主にマイスイートエンジェル)をバシバシと写真に収め続けるという夢のような日々を送りました。
勿論、バレないように変装はしてたけど。
そして決勝戦後。会場がどっかの誰かさんの欲望の発露で倒壊しようとしているけど、裏方の皆さんと既に避難済みです。
だって、爆弾の用意とかも裏方さんのお仕事だったからね。裏方には情報ダダ漏れだったのさ。
「ああ、楽しかったなぁ……」
「そ、そうかい。そいつは良かったな」
私は心底うっとりした眼差しで(ティッシュインのまま)写真データを眺めている。これ以上ないくらい幸せだ。
だけど。
こう、先日から喉に小骨が刺さったように、何か……。
「何だろ、何か大事な事を忘れているような……」
「そういや、そろそろ帰らなくていいのかい? コエンマの旦「あ! それだ!!」??」
しまった、おにー様に何も言ってない!!!
「コエンマ様っ! ここも危険なんですってば!! 避難してくださいよ!!」
「ええい、離せジョルジュ!! 弥美が、きっと弥美がまだ中にいるのだ! 弥美ーーーーーーーー!!!!!」
まさかおにー様とジョルジュさんが行方不明の私を探して、倒壊しかけた会場に再び足を踏み入れて居たなどと、この時の私は知る由も無かった。