王様の耳はロバの耳 4
どうしてこうなった。
今ね、私の目の前にマイスイートエンジェルがご光臨なさっているんですよ。
まさか私が一方的に飛ばし続けていた電波がついにキャッチされたのか!? なんて阿呆な考えが一瞬よぎったけど、一応クラスメイトだしな。こんな奇跡もあるさ。そうだよね。
微笑む彼の空気が研ぎ澄まされているようだ、なんて私に分かるわけ無いじゃないか。気のせいだよ、気のせい。
「早乙女さん、もうこのクラスや学校には慣れました?」
「く……クラスの皆にはよくして貰ってるし、学校にも大分なれたよ。ありがとう、南野君」
危ないあぶない、もう少しで『蔵馬』って呼ぶところだった。いやそれよりも。
(うわわわわっ!!! 私・今・話かけられてるーーー!)
脳内フィーバーの私だが、顔は至ってポーカーフェイスだ。オタクを侮る無かれ。妄想は親友。だけどその親友はあくまで『心友』であって、自分以外に知られるわけにはいかないのだ。
過去の教訓は別の形に進化を遂げたのです。
「そう、良かった。ところで、君に聞きたいことがあるんですよ」
「ん? 何かな?」
な、何を聞かれるんだろう。私がコエンマの妹って事もバレちゃ不味いのだろうけど、それより何より増えつつある彼のコレクションの数々の方が問題だ。
彼が破棄した壊れたペンとか、髪の毛とか、消しカスとか、撮り溜めたベストショットの数々とか、先日同士に譲って貰った中学時代の写真とか! ばれたら大変だ! 返せとか燃やせとか言われたら私死んじゃうかもしんない!!
「先日から、ずっと君に見られている気がするんです。オレの気のせいでしょうか?」
キラリと光る彼の瞳。全てを見透かされているような、そんな錯覚に陥ってしまう。……やばい、気持ちいいかもしんない。おかしいな、私にマゾ気質なんて無かった筈なのに。
お、落ち着け私! いっそもう!
「ごめん! 迷惑にならないようにしていたつもりだけど、本当にごめん!」
これ以上隠しておけないと思った私は、バチーンと両手を合わせて白状することにした。
「実は私、こういうものです」
私が差し出した一枚の紙に、彼はぽかんとした顔を見せた。おお、珍しい! ……写真とってもいいかな?
スチャッとカメラを構えてパチリと激写。カメラは追っかけオタクの必須アイテムです。
よーし、いい表情(かお)捕ったどーーー!!!!
カメラの音で我に返った彼は、ムッと眉を寄せた。あ、その顔も珍しい。美形はそんな顔も絵になるなぁ。よしもう一枚、と思ったがカメラは彼に没収されてしまった。
私の三万円! じゃない、コレクションの数々が! まだバックアップ取ってないのもあるのに!!
「勝手に撮らないでくださいよ。……えーと、会員番号31番さん?」
そう。彼に見せたのは、盟王高校が誇る『南野 秀一ファンクラブ』の会員証だ。私は常に名刺にして持ち歩いている。ガチでリアルな数字がファンクラブのメンバーの真剣具合を表している、と思う。
互いに牽制しあい、彼に迷惑を掛けないように風紀の役割を持つメンバーまでいるのだから大した物だ。
彼の了承を得た組織ではないが、学校は認めているという中途半端に公式の組織なのだ。だからこの程度の情報は開示しても問題ないだろう。
「えー、会員規則では、校内での撮影はOKなんだよ?」
校外ではダメだけど。彼にもプライベートはあるからね。そこは弁えております。
「ハァ……オレは許可した覚えはないんですがね……。それよりも、大丈夫ですか?」
ふふふ……格好悪いなぁ、私。
「大丈夫、今日は暑いねぇ! ついのぼせちゃったよ」
「天気予報では、昼から雪が降るそうですが……」
「私暑がりだからね。でもちょーっとクラクラしてきたから保健室に行ってくるよ!」
正直、もう無理です。私、頑張りました。そろそろ鼻を押さえていたハンカチが許容量を超えたようで、ハンカチからポタポタと血が滴りだした。
そんな私の異様な光景に気がそがれたのか、お大事にと言って見送ってくれたマイスイートエンジェル。紳士な君も素敵だ。
あ、そうだ。
「南野君。体……調には気をつけてね!」
武術会頑張ってね、怪我には気をつけて。なんて言えない私の精一杯のエールだ。彼は少し首を傾げてから「君もね」と言ってくれた。
ボイスレコーダーを用意してなかった私のバカァァァァアアア!!!