王様の耳はロバの耳 16
「色男は大変だね。みんな教室に戻っていったようだし、コソコソしていないで出てきたら?」
海藤君に促されて姿を現したのは、先程までの話題の中心人物である蔵馬君だ。彼は苦笑というか、どんよりと影を背負っている。
「コソコソしているつもりは無かったんだけどね……」
「出るに出られない状況だったのは分かるさ。なかなか面白い見世物だったからね」
蔵馬君は頭痛がするとばかりに頭を押さえた。
「ファンクラブなんてモノが出来て、それが徐々に大きくなっていたのは知っていた。だけど、まさかオレがアイドルになっていたとは思ってもみなかった……」
「自己認識が甘いね。同情しようか?」
蔵馬君は眉間に皺を寄せて「結構だ」と言い切り、深い溜息を吐いた。
その様子に、海堂君がニヤリと笑う。
「それにしても、間接的とはいえ南野をココまで凹ませるなんて、早乙女さんもやるなぁ」
「早乙女さんか……。彼女もちょっと……いや、かなり変わった人のようだな」
「『も』が誰を指すのか聞かないでおくけど、彼女が変わっているのは間違いないね。彼女は自分に正直な快楽主義のオタクだ。しかもかなり変態に近い」
海藤君の言葉に、蔵馬君は力なく笑って「知っている」と答えた。それに興味を覚えた海藤君がなぜかと問いかける。
「接触は殆ど無かったんだけど、一度だけ彼女と話をした事がある。その時、いきなり写真を撮られて、ついカメラを没収したんだ」
「へぇ。その中身を見て知った、ってこと?」
「ああ。オレの写真ばかりで、しかも殆ど隠撮りされたものだった」
「間違いなくストーカーだね。ひと思いに警察に届けて犯罪者のレッテルを貼ってあげるのも親切かもしれないぜ」
「友達じゃなかったのか?」
「ケースバイケースだね」
キッパリと言い切った海藤君に、蔵馬君はしばし呆れたようだったが、だけどと言葉を続けた。
「自分で言うのもなんだが、写真に映るオレの表情(かお)は、初めてみるモノばかりだったんだ。……オレも、こんな表情が出来るんだなって知ることが出来た」
「……へぇ?」
「それに……」
言い淀む蔵馬君を、海藤君がどうしたのかと問い詰める。蔵馬君の何とも言えない微妙な表情を見て、面白そうだと作家のカンが告げているのかもしれない。
「早乙女さんとまともに話した事は一度しか無いのに、なぜか至るところで彼女の面影を見るんだ。
暗黒武術会もそうだったし、先日なんて魔界で彼女の声援を聞いた気さえした。……もちろん彼女は普通の人間だから、気のせいだと分かっているさ」
だから、最近のオレは思った以上に疲れているのかもしれない。と再び溜息を吐いた蔵馬君に海藤君は。
「南野、なぜ気づかないんだ。それはきっと恋だ」
などと言ってのけていたなんて、この時、生徒会室でこってり絞られていた私が知るはずも無かった。