タルタロス襲撃:01
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ルークとティアの二人はタルタロスの一室に通された。 鉄製の硬い椅子に座り、彼らは少し顔を強張らせていた。 それもそうだろう。今二人の命は俺の隣に立つジェイドに握られているのだから。
ジェイドは両手を軍服のポケットに突っ込んで、薄ら笑いを浮かべていた。
「――では、ナツキ」
「はい。第七音素の超振動はキムラスカ・ランバルディア王国、王都方面から発生。その後マルクト帝国領土タタル渓谷付近にて収束」
ジェイドに声を掛けられ、ナツキは返事をしてから、彼らに説明するように固い口調で話した。
「超振動の発生源があなた方なら不正に国境を越え進入してきたことになりますね」
「へっ、ねちねちイヤミな奴だな」
割と重要な話をしているというのに、ルークは至極どうでもよさそうに両手を後頭部で組んだ。 彼に緊張感というものはないのだろうか。ジェイドが"イヤミな奴"というのには俺も同意するが……。
「へへ〜、イヤミだってV大佐V」
「傷つきましたねぇ」
イオンと共に同席していたアニスが茶化すように笑う。 "傷ついた"なんていっているが、上辺だけの言葉だろう。顔は笑ったままだ。 どうも人を遊ぶようなその態度はいけ好かない。
心の中でナツキはため息を付いた。
「ま、それはさておき。ティアが神託の盾騎士団だと言うことは聞きました」
尋問が始まる前に事前にナツキが伝えておいた情報だ。 ジェイドは鋭い目でルークを見つめた。
「では、ルーク。あなたのフルネームは?」
「ルーク・フォン・ファブレ。お前らが誘拐に失敗した、ルーク様だよ」
ルークは尊大な態度で自分の名を言い放った。
その瞬間、俺の中の過去がぴくりと動いた。 それと一緒にじわりと黒い感情が溢れ出す。
(――憎い、憎い……キムラスカめ……!)
自分でも気付かぬうちに歯をかみ締めていた。
「キムラスカ王室と婚姻関係にある、あのファブレ公爵のご子息……という訳ですか」
ジェイドはナツキの変化に気付かぬまま、彼らと話す。
強く食いしばりすぎたせいで、ぷつりと唇が切れる。 舌先から鉄の味がじわりと広がった。
隣でアニスが目を輝かせてルークを見つめていた。 何か呟いていたようだが、聞き取ることはできなかった。
「……ナツキ。その殺気をしまいなさい。迷惑です」
はっとして俺はジェイドを見た。 いつもの笑った顔ではなく、真剣な瞳が俺を貫いた。 急速に怒りが収まり、憎しみは初めからそこになかったように消えていった。 知らぬうちに殺気を漏らしてしまっていたようだ。我ながら、らしくないことをしてしまった。
申し訳ございませんと顔を俯けて謝罪する。 暫くジェイドは何か言いたそうな顔をして俺を見ていたが、何も言わずに彼らに視線を移した。
「今回の件は私の第七音素とルークの第七音素が超振動を引き起こしただけです。ファブレ公爵家によるマルクトへの敵対行動ではありません」
今まで黙り込んでいたティアが答えた。 ティアは少し顔色を悪くしながらも、冷静を勤めていた。
その言葉にまあそうでしょうねぇ、とジェイドは頷いた。
「温室育ちのようですから、世界情勢には疎いようですし」
「ケッ、馬鹿にしやがって!」
口悪く、ルークは吐き捨てた。 馬鹿にされたのが気に入らなかったのだろう。 本当に子供っぽい温室育ちの我儘坊ちゃんである。
「ここは協力してもらいませんか?」
イオンが提案を出す。 ジェイドは頷き、一歩前に出て話し出した。
「我々はマルクト帝国皇帝、ピオニー九世陛下の勅命によってキムラスカ王国へ向かっています」
「まさか……宣戦布告」
早とちりをしたティアが震える声で呟いた。 今回は違う。その逆だ。
「違いますよぅ。私達は戦争を止めるために動いてるんです」
アニスが猫なで声でルークたちに告げた。 不用意に喋るなとジェイドがアニスをかなり軽く叱る。
「……そんなに、やばかったのか……キムラスカとマルクトの関係って……」
小さな小さな彼の声が聞こえた。 何にも知らない。いずれは皇帝になるであろうその男を俺は軽蔑の眼差しで見た。 ジェイドも少し冷ややかな目でルークを見ている。
「これからあなた方を解放します。軍事機密に関わる場所以外は全て立ち入りを許可しましょう。まず私達を知ってください。その上で信じられると思えたら力を貸して欲しいのです」
――戦争を起こさせないために。
ジェイドは真剣だった。 では失礼。とジェイドは軽く頭を下げてから部屋から出て行った。 ナツキも慌てて一礼し、ジェイドの後を追いかけた。 扉が閉まる少しの間に見えたのはルークの苦渋に満ちた表情だった。
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