- ナノ -


お話の始まり:04


─────---- - - - - - -

チーグルの巣を後にし、大木をぐるりと回りライガの住まう森の奥へと向かう。
通訳である子供の青いチーグル――ミュウを肩に乗せ、ナツキは苔の生えた地面を踏みしめる。

「ナツキさん、背が高いですの!」

ですの。が口調であるミュウは俺の肩に乗りとても楽しそうに声を上げた。
ルークはチーグルの可愛らしさが理解できずムカつくらしい。
出会い頭から頭をわしづかみにする、足蹴にする……仕舞いには"ブタザル"と呼び始める始末。
ナツキは呆れて額に手を当てた。正直言葉も出なかった。

「やれやれ、どうなることか……」

「ナツキさん、頭が痛いですの?」

頭を抱えた俺をミュウが心配そうに覗き込んできた。すぐに大丈夫と答え、微笑んだ。
するとミュウも嬉しそうにみゅうと鳴き声を上げる。
随分と可愛らしい生き物だ。

川を越え、先へと進むとだんだんと獰猛な魔物が現れるようになってきた。
白い身体に黒い模様のライガと出会う回数が次第に増えてくる。
だんだんと木々が頭上を覆い、薄暗くなってきた。空気も冷えている。

太い木々が絡まりあいトンネルを作っているその奥の開けた場所に大きな獣が寝転がっている。
その獣こそライガたちを従えているライガ・クイーンだろう。
ミュウがナツキの肩から飛び降り、そろそろライガ・クイーンに近づいた。

「みゅうみゅうみゅうみゅみゅーみゅう……」

心配そうにイオンがミュウを見つめている。
ミュウの呼びかけに反応して、ライガ・クイーンは緩慢な動きで身体を起こし此方を睨んだ。
赤い鶏冠のような毛が逆立っている。心なしか怒っているように見える。

『がぁあおおおおおお!!!』

ライガ・クイーンが吼えた。その衝撃でミュウが弾き飛ばされる。
あまり友好的ではないようだ。住処を燃やされたのだから、無理もない。
慌ててミュウに駆け寄り、なんと言っているかをルークが尋ねる。

「卵が孵化するところだから、来るな……と言っているですの」

ライガは非常に気が立っていた。
話をする気もないようだ。ゆっくりと俺達に歩み寄り鋭い牙を向けてきた。

「イオン様はお下がりください!」

素早くイオンを庇うように前に立つ。
獰猛なライガ・クイーンを素手で戦うには少々無理がありすぎる。
ナツキは深呼吸をひとつ。右腕から薄緑色の光がはじける。

パチン、と静電気のような音を立てて、次の瞬間には細い剣がナツキの手には握られていた。

レイピアを構え、ナツキは目を細くする。
目の前ではルークが必死に剣を振り回して戦っている。
が、ライガ・クイーンは非常に頑丈だった。ルークの攻撃は殆ど効いていない。
ティアの譜歌も大した効果はない。

「ルークッ!」

ティアの悲鳴が響いた。
足元が不注意だったのだろう。ルークの身体はがくんと傾いている。
その隙をライガ・クイーンは見逃さなかった。
ルークを八つ裂きにしようと鋭い爪の付いた手を振り上げた。

「面倒だな……」

頭を振り、ナツキは素早く駆け出してレイピアを突き出した。

『ぎゃおんッ!?』

手を突き刺され、跳ねるようにライガは後ろに下がった。
剣についた血を払いながら、肩越しにルークを見る。
躓いただけで大した怪我はないようだ。

未だに地面にへたり込んでいるルークにナツキはため息をついた。

「早く立て!敵に隙を見せるなっ!!」

「わ、わーってるよ!」

ナツキの怒声には、とルークは我に返り慌てて立ち上がる。
ルークが立ち上がったと同時にナツキはライガに距離を詰める。

ライガが咆哮して手を振り上げる。
所詮は魔物。動きは単調だ。
簡単に見切れてしまうその攻撃に、にまりと口元を上げる。
     
「甘いな、牙突(ガトツ)!」

横に動いて敵の攻撃を避け、無防備になった横腹に術技を叩き込む。
衝撃にライガの身体が突き飛ばされ、木の幹にぶつかる。
ぎゃん、とライガが短い悲鳴を上げた。

「深淵へと誘う旋律 トゥエ レイ ズェ クロア リョ トゥエ ズェ」

ティアのナイトメアが追撃する。
しかし、ライガはその攻撃には物ともせずにゆっくりと身体を擡げた。
やれやれ、これでは俺ひとりで戦っているようなものではないか。深く長い息を吐き出した。

「だぁあああ!!もう何とかしてくれよっ!」

「何とかして差し上げましょう」

喚いたルークに第三者の返事がくる。
その声色にはっとしてナツキは振り返った。
自分と同じ色の軍服に身を包んだ眼鏡の男が薄ら笑いを浮かべながら此方を見ている。

ジェイドはライガに攻撃されるよりも前に素早く詠唱する。

「終わりの安らぎを与えよ フレイムバースト!」

鋭いジェイドの声が響き渡った。
発動した第五音素の譜術がライガに直撃する。

『ぐぉおおおおお……』

炎の刃に貫かれたライガはうめき声を上げ、どさりと地面に倒れた。
ジェイドはあっという間にライガに止めを刺した。
力の差を見せ付けられたような気がして嫌な気分だ。

ライガが倒れたのをみて、ルークがへたり込んだ。
なれない強敵との戦闘で疲れたんだろう。
そんなルークはさておき、ジェイドはこれでもかというくらいいい笑顔を向けてこちらへ歩いてくる。

「ナツキ〜?ちょっといいですか?」

「は、はい!カーティス大佐!」

冷や汗をかきつつも俺はジェイドに敬礼をする。
意味ありげな笑みが恐ろしい。
何を言われるのかと思い、ギクギクしながら彼を見つめる。

「まあまあそんなに硬くならないでください」

ちょっと用事を頼みたいだけですよ、とジェイドは言った。
腕を引っ張られ、耳元にジェイドの口が寄せられる。
唐突な行動に思わず俺は顔が赤くなる。

「タルタロスをチーグルの森の前まで持ってきてください」

わかりましたか?と尋ねられ、俺は赤い顔を両手で隠しながらこくこくと何度も頷いた。
これ以上、耳元で話されてはたまらない。

仰け反るようにジェイドから離れ、それでは失礼しますと一礼してその場から駆け出した。
背後でおやおやなんてジェイドが笑っていた。……やっぱ、嫌いだ!あんな奴!!


敵を避けながら、チーグルの森からさっさと出る。
遠くにタルタロスが見える。大きいから何処にあっても大体見つけることができる。
エンゲーブの街に寄り添うように停められているタルタロスに向かって、ナツキは駆け出した。

ナツキが全速力で走れば、そう時間は掛からなかった。
少し息を切らしながら、ナツキはタルタロスに乗り込み船橋へと急いだ。

「クロフォード中佐!どうされましたか?」

息を切らして大股で船橋にやってきたナツキに部下が驚いた声を上げる。
部下の問いには答えずナツキは声を張り上げた。

「タルタロスをチーグルの森へ!」

「え……あ!はい!!」

ナツキの言葉に部下は戸惑いつつも頷いた。

ずん、と重い音を立ててタルタロスが動き出す。
ナツキは船橋から広い甲板に出る。
甲板の真ん中で黒髪の女の子が両手を腰にあてながら立っている――アニスだ。

「あ〜中佐〜!どうして突然タルタロスを動かしたんですかぁ?」

アニスは船橋から出てきたのが俺だと知るとぱたぱたと髪を揺らしながら駆け寄る。
甘ったるい語尾を延ばした口調でアニスは首をかしげた。

「イオン様がチーグルの森にいらっしゃってね。それを迎えに」

「えぇ!?イオン様、チーグルの森なんかに行ってたの!?も〜……」

ナツキの言葉にアニスは怒った様にぷくりと頬を膨らませた。
ふらふらとあちらこちらへ行かれては導師守護役も大変だ。
今回の件は俺も一枚かんでいるから何も言わずに苦笑しておいた。

チーグルの森へはすぐだった。

「カーティス大佐と導師イオンを迎えに行く。2人ほど同伴して欲しい」

部下を二人とアニスを引き連れチーグルの森の入り口で待つ。

暫く待っていると、遠くから赤い色が見えてきた。
彼の赤色は緑だらけの森では一段と良く目立った。

俺達を見つけたルークが駆け寄ってきた。

「お待たせいたしました、カーティス大佐」

ゆっくりと近づいてきたジェイドに俺は一礼した。
さり気無く部下に合図をして、ルークとティアを囲ませる。
にこにことジェイドは笑いながら、ありがとうございますと感謝の言葉を述べる。

アニスはイオンの元へ駆け寄り、頬をぷっくり膨らませている。

「ナツキ、タルタロスは?」

「はい、既に森の前へつけてあります」

ナツキの言葉にジェイドが小さく頷くと、彼らを見やる目が冷たくなる。
うろたえる様にルークが振り返った。

「その二人を捕らえろ!」

「正体不明の第七音素を放出していたのは、彼らです」

ナツキとジェイドの声にあわせて、ばっと部下が距離を詰めた。
眉を下げイオンが乱暴なことは……と声を上げる。

「ご安心ください。何も殺そうというわけではありませんから……二人が暴れなければ」

ティアとルークは強張った顔で此方を見てきた。
どうやら抵抗する気はないようだ。
それとも、単に怯えて動けないだけか。

くすっとジェイドは意地悪く微笑み、命令した。

「いい子ですねぇ……――連行せよ」

りんとしたジェイドの声が森に響いた。





─────---- - - - - - -


prev next