- ナノ -


お話の始まり:03


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森は深く、朝方とはいえ魔物が徘徊している。
先陣を切っているのはルーク。その次にティアとイオン。最後にナツキだ。
この辺りの魔物は比較的弱いため、彼らが前衛をしていても問題ない。
ルークは荒いがまあそれなりに戦ってくれている。

「あー!!ほら見ろ!お前らがノロノロしてっから、逃げられちまった!」

どうやらチーグルを見失ってしまったらしいルークが口を尖らせた。
それにしても先ほどから見ていれば、我儘というか自己中心的というか……面倒くさい子供だ。
やれやれという風にナツキは頭を振り、肩を竦めた。

「大丈夫ですよ。もう少し奥に行けば巣がある筈です」

ナツキが言うとルークは疑わしそうな目で何で知ってるんだ、と尋ねてきた。

「戦闘知識のひとつとして覚えたので……」

そして、軽くチーグルについて説明をした。
チーグルは魔物の中でも賢く、大人しい。人間の食べ物を盗むことはしないはずなのだ。
賢いからこそ、盗むのには何か理由があるに違いない。
それをイオンがわざわざ調べに行く必要はないのだが、彼の性格上放っておけなかったのだろう。

「じゃあ、目的地は一緒って訳か」

「では、一緒に行動しましょうか。その方が効率がいい」

「ですが、イオン様を危険なところにお連れするのは……!」

ナツキの提案にティアが突っ込んだ。
神託の盾騎士団の一員だから、イオンを危険にさらすのは頂けないらしい。
が、イオンが首を振り大丈夫です、と笑う。
なおも食い下がろうとするティアを見て、ルークが噛み付いた。

「だーっ!!どうせ村に戻したってまた来るんだろ!だったら一緒に行った方が良いに決まってる!」

「まあ、その通りですよ、ティアさん。私も居ることですし、大して問題ありません」

今回ばかりはルークに同意した。
ナツキにも言われてしまってはティアも頷くほかなかった。渋々ではあったが……。


更に奥へと進むと、桜色のチーグルが大木の根元に座り込んでいた。
ルークがそれを発見し駆け寄った。
普通のものより一回りほど身体が小さい。どうやら子供のようだ。

「ん?あれが、チーグルか?」

「ええ、そうですよ」

ナツキが頷く。へえ、とルークが声を上げた。
隣に居たティアが頬を赤く染め、そろそろとチーグルに近づく。
チーグルはそれを見て、みゅうみゅうと鳴いてから脱兎のごとく逃げ出した。

そのチーグルの後を追いかけていくと、森で一番大きな木の近くに赤い玉が3つ転がっている。
ルークがそれを拾い上げ、くるんと回す。

「おや?そのりんご、エンゲーブの焼印がついていますね」

「やっぱりこいつらが犯人か!」

りんごを握力だけで握りつぶさんとばかりルークは握り締めた。
力が入りすぎて手袋の先から見えた指先が白くなっている。
ナツキは苦笑しつつ、大木の根元の穴を指差してルークに言った。

「あの中が恐らくチーグルの巣ですよ」

イオンがすたすたと歩いて先に木の幹に入っていく。
彼はチーグルが危険ではないとわかっているからこそ入ったようだが、もし他の魔物が潜んでいたらどうするつもりなのか。
危険です、とティアが慌ててイオンの後を追った。
ため息をつきナツキも大股でその中へと入った。

中は薄暗く、見づらかったがたくさんのチーグルがいた。
色とりどりのチーグルが突然の侵入者にみゅうみゅう、と鳴き声を上げている。
ルークたちを取り囲むチーグルをひと睨みして黙らせる。

「……みゅうみゅうみゅ」

その時だった。突然奥の暗がりから低い鳴き声が聞こえてきた。
声に反応してぱ、とチーグルが二手に別れ道を作った。
目を凝らしてそちらをみると、毛の長い耳のたれたチーグルがいる。

「……ユリア・ジュエの縁者か?」

先ほどの鳴き声と同じ声色でそのチーグルは喋った。ルークは驚き、目を丸くする。
チーグルはユリアから譲り受けたソーサラーリングのお陰だと説明した。
確かにチーグルの手には金色の輪が掴まれている。あれが、チーグルの言うソーサラーリングなのだろう。

そしてチーグルは再び問う。ユリア・ジュエの縁者か?と。
チーグルの問いにイオンが歩み寄り頷いた。

「はい、僕はローレライ教団の導師イオンと申します。あなたはチーグル族の長とお見受けしましたが」

イオンは魔物であるチーグルに丁寧な言葉で尋ねた。
チーグルの長は小さく頷き、いかにも、と答えた。

「おい、魔物!お前らエンゲーブで食べ物を盗んだだろ」

「なるほど。それで我らを退治しに来たというわけか」

ルークの言葉にチーグルの長は否定しない。
食べ物を盗んだという事実を隠す気はないらしい。

何故だ、とその理由を問うとチーグルの長はそろそろと話し始めた。

チーグルが北の地で火事を起こしてしまった。
その結果。北の地を住処にしていたライガがチーグルを餌とするためにこのチーグルの森に移動してきた。
村の食べ物を奪ったのは仲間が食べられないようにするためだった。

「で、ルークあなたはこれからどうしたいの?」

「……どうって、こいつらを村に突き出して――」

「そうすれば、エンゲーブはお腹をすかしたライガに襲われてしまいますね」

ナツキがルークの言葉に続くように言うと、彼は両手を後頭部に当ててそんなの知らねーと吐き捨てた。
随分とお気楽なことだ。エンゲーブの食料がマルクトだけでなく世界中に出荷されているというのに。
イオンがルークにどれだけエンゲーブが重要かを説明すると、彼は面倒そうにしつつもどうするんだと尋ねた。

「ライガと交渉します。ナツキも来てくれますね?」

「えぇ、勿論」

イオンは一度そう決めたらもう答えを変えない頑固なところがある。
俺がなんと言おうと彼はひとりでも行くだろう。
仕方なしにナツキは頷いた。



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