お話の始まり:02
─────---- - - - - - -
早朝。 俺はローズ夫人の家の前で軽くストレッチしていた。 軍人たるものいつでもすぐ動けるようにしておかなくてはならない。
ぎぃ――
背後で扉の軋む音がした。 振り返ると、イオンが此方を見て驚いた顔をした後気まずそうにする。
「おはようございます、イオン様」
「お、おはようございます、ナツキ」
「?どうかされましたか?」
何か気にするように、どもるイオンにナツキは尋ねた。 するとイオンは眉尻を下げる。
「あの……ナツキ、僕と一緒にチーグルの森に来てくれませんか?」
「え?はあ、どうしてです?」
「どうしてチーグルが食料庫を荒らしたのか気になるんです」
ああ、とナツキは声を上げた。 イオンもどうやら気になっていたらしい。 導師イオンが行きたいと言っているのだ。断る事はできないし、断ると一人で行ってしまいそうだ。
「分かりました、参りましょう」
「ありがとうございます、ナツキ」
では、とナツキはイオンと共にチーグルの森へと向かった。
チーグルの森は一面緑だった。 これだけ草木が生い茂っていれば、草食動物は食べ物に困らないだろう。 あたりの気配を探りながら、ナツキは歩く。
「イオン様、御身体は大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です」
元々身体が弱いイオンを気遣う。 イオンは少し呼吸を乱しながらも、頷いた。
と、何かが動く気配がした。 はっとして、素早く身構える。 茂みの影から出てきたのはウルフだ。
武器を出すまでもない雑魚だ。 ナツキは、ふうと息を吐き出すと一気に詠唱する。
「炸裂する力よ!エナジーブラスト!」
エネルギーの塊がウルフの巻き込んで爆発する。 ぎゃん、と悲鳴を上げてウルフが絶命した。
「おい、お前ら!」
突然背後から声を掛けられ、俺は素早くイオンを庇うように立つ。 此方に近づいてきたのは昨日みた赤髪の男、ルークと栗毛の女、ティアだった。 どうして、彼らはこの森に来たのだろう。
不思議そうにしつつも、俺は彼らに歩み寄る。
「あなた方は昨日エンゲーブにいらした……」
「ルークだ」
イオンはそういえば、彼らの名前を知らなかった。 ルークの名を聞き"聖なる炎の光"という意味ですねとイオンは彼の名を褒めた。
「私は神託の盾騎士団モース大詠師旗下情報部第一小隊所属、ティア・グランツ響長であります」
「!」
俺は彼女の名乗りに驚いた。 どうして神託の盾の彼女がこんなところに来ているのか。 わざわざ問い詰めることはしないが、少し眉をひそめた。
和やかに会話をする彼らを観察する。 会話に参加する必要性はゼロだ。寧ろ彼女達が何をしようとしているのか見極めなければ。
それにしてもあの赤髪の男……キムラスカ人なんじゃないのか……? キムラスカのファブレ家は代々燃えるような赤い髪をしていると聞いたことがある。 真相を問うような事はしないが、もしそうなら今回の件で手を貸して貰いたい。
視界の端で動くものを見つけ、ナツキはそちらに顔を動かした。 黄色の小さな生き物が大きな耳を揺らしてちょこちょこと森の奥へと消えていった――チーグルだ。 本物を見たことはなかったが、間違いないだろう。
「イオン様、チーグルです!」
「ンのヤロー!やっぱりこの辺に住み着いてたんだな!追いかけるぞ!」
イオン様が何か言う前にルークが大声をあげた。 言うやいなやルークは後先も考えずに一人で駆け出していった。 その様子にナツキはため息をついてから、イオンを見る。 イオンはティアと話している。
「ヴァンとのこと……僕は追及しないほうがいいですか?」
「すみません。私の故郷に関わる事です。できる事なら彼やイオン様を巻き込みたくは……」
興味深い話ではあるが、ティアはあまり話したくなさそうだ。 グランツ謡将の故郷はどこだったか……、とナツキは首をかしげた。 割と情報収集はする方だが、流石に個人の故郷までの情報は知らない。
「おい!見失っちまう!」
先を進んでいたルークの大声が森に響き渡った。 ティアとイオンは互いに顔を見合わせてから、先へと歩みを進めた。
─────---- - - - - - -
prev ◎ next
|