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彼の人の故郷、ケテルブルク:03


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「……何だか途方もない話だけれど、無事で何よりだわ」

知事はジェイドの話を聞き終え、小さく息を吐き出しながら柔らかく微笑んだ。

「念のためタルタロスを点検させるから、補給が済み次第ピオニー様にお会いしてね」

とても心配されていたわ、と知事は困ったように笑いながら付け足した。
そういえばジェイドと陛下は旧知の仲らしいから、心配しているだろう。

タルタロスの点検と補給が終わるまではケテルブルクで待機、という事になった。
宿は知事が用意してくれるようで、すぐに身体を休める事ができそうだ。

「あ、俺ネフリーさんトコに忘れ物した。行ってくる」

ホテルの受付で唐突にルークが言った。
妙に早口で、棒読みのようなそれにナツキは首を傾げてルークを見つめる。
何か隠しているのか少々変な汗を流しているようだ。忘れ物をしたらしいルークにガイが俺も行こうかと申し出る。

「ネフリーさん、女だぞ」

「美人を見るのは好きだ」

ガイの切り返しに女性陣が半目になり、呆れたような顔をした。
女性恐怖症とはいえガイも一応は男なのだから、普通といえば普通だが……。

「年上の人妻だよ〜?」

「……全くだ」

アニスの指摘にナツキも同意し、冷めた視線を送る。
男性陣からも口出しされた事にガイは慌てふためき、や、違うぞ!と否定する。
慌てるところがまた、何とも微妙である。
そんなくだらないやり取りをしていると、あーもう!とルークが声をあげた。

「うぜーから、俺一人でいいよ!」

ひらひらと手を振って、ルークは勢いよく外へ飛び出して行った。
ルークの背をミュウが慌てて追いかけていくのが見えた。

ルークがいなくなった事により、一同は自由行動という事になった。
どうせタルタロスの点検が終わるまでここを動けないのだ。どうせならケテルブルクの探索でもしよう。
そう思って、ナツキはジェイドに一声掛けて、街へと繰り出した。

雪がふわりふわりと舞い落ちる。
ナツキは空を見上げ、目を細めた。白い吐息が宙を舞い、霞のように消える。
第五音素を集める事はせず、凍て付く寒さを身体で感じ取る。
ここが、ジェイドの故郷。ぼんやりと辺りを見回しながらゆっくりと歩く。
貴族の別荘地、と聞いていたがそこまで開発はされていないため、どこか淋しげな雰囲気がある。

「……おーい!ナツキ!」

「何だ?」

唐突に名前を呼ばれ、振り返ると青い軍服に身を包んでいるマルクト兵の姿があった。
仮面に隠され、顔は確認できない。その軽々しい口調に、ナツキは片眉をつりあげ兵士を睨んだ。
ナツキはマルクト軍の中佐なのだ。一介の兵士には敬語を使われる立場である。
なのにこの兵士とくれば、呼びかけにファーストネームを使ってきた。

ナツキの睨みに兵士は肩を竦め、仮面に手をかけた。

「おいおい、俺だ、そんな風にツンケンすんなよ、中佐様!」

「!って……お前か、シエロ……」

仮面の下から出てきた懐かしい顔にナツキは思わずため息をついた。
ナツキと似たり寄ったりな金髪に透ける様な蒼眼の男はナツキの旧知の友だ。
同じ時期にマルクト軍に入り、偶然寮が同じだった。話せば長くなるためここでは置いておく。
シエロはにやにや笑いを浮かべ、べしべしとナツキの背を叩いた。

「かの有名な死霊使い様の補佐なんだって?」

お前も偉くなったよなぁ〜。なんていうシエロは身なりを見る限りまだそれほど偉い地位には辿り着けていないようだ。
地位には執着していない、と以前聞いたがそれにしてももう少しくらい上の地位についてもいいんじゃないだろうか。

「お前は相変わらず、下っ端だな」

「いいんだよ、俺は。命令するより、される方が楽なんだよなぁ」

確かにシエロの言い分も分かる。上の地位になればなるほど、責任を持たされる。
書類の整理も沢山あるし、陛下に呼び出されたりもする。会議にも出なくちゃならない。
昔の俺はそんな事なんて一切気にせずただ力ばかりを求めていたから、シエロの言葉なんて気にもしなかったが今は下の方が楽だったのかな、と考える時もある。

変わらないシエロに俺はふんと鼻で笑い、仕事しろとでこを突っついてやった。





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