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彼の人の故郷、ケテルブルク:02


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ケテルブルクは北の方角にあり、雪の降る寒冷地だ。
そこに近づくにつれて吐き出す息が白くなる。
ケテルブルクの港にタルタロスを着け、降りるとマルクト兵が駆けつけてきた。

「失礼。旅券と船籍を確認したい」

開戦が近いため、いつもよりも監視が厳しくなっているのだろう。
普段ならこのようなチェックなどない筈だ。

「私はマルクト軍第三師団所属、ジェイド・カーティス大佐だ」

「同じくマルクト軍第三師団所属のナツキ・クロフォード中佐です」

二人の上官の名乗りに兵士は驚いたのか、口調を変え慌てて謝罪する。

「し……失礼、致しました……しかし、大佐と中佐はアクゼリュスで……」

「それについては極秘事項ですので。任務遂行中、船の機関部が故障したため此方へ立ち寄りました。事情説明は知事のオズボーン子爵へ行います。艦内の臨検は自由にしてもらって構いません」

一連の説明をナツキが行う。
街までご案内しましょうか、と尋ねた兵士に頷こうとするよりも前にジェイドが口を開いた。

「いや、結構だ。私はここ出身なのでな。地理は分かっている」

では失礼します、と兵士は敬礼をして、ナツキたちの前から立ち去った。
と同時に背後で声が上がる。

「へぇ、ジェイドってここの生まれなんだ」

「……まあ、ね」

ジェイドは何やら意味ありげな間を含みながら頷いた。
ナツキはちらりとジェイドを見やったが、その表情に大したかわりはない。
話もそこそこにナツキたちは歩き出した。

ケテルブルク港を出て、西に少し進んだところに街はある。
雪を踏みしめ、ケテルブルクまでたどり着いた。
街の中も人の通る部分は雪がのけられているが、やはり雪が積もっている。
白い息を吐き出しながらナツキはその景色を眺めた。

きらきらと光りながら空から落ちてくる雪は幻想的だ。

「大佐、知事邸はどちらに?」

先頭を歩くジェイドの隣に歩み寄り、尋ねる。
少し奥の方ですよ、とジェイドは此方を見ずに答えをくれた。
寒さには慣れているのか、ジェイドは白い息を吐き出しながらも震えてはいない。

背後では寒い寒い、と引っ切り無しにルークの声が聞こえてくる。
無理もない。彼の服装は明らかにこの寒冷地に適してはいない。
ガイも寒そうだが、ルークがあまりにも寒いというからか、何も言わずに苦笑している。
そんな彼らにナツキは小さく息を吐き出すと、歩みを遅くしてルークの隣に行き、手をそっと差し出した。

「ナツキ?」

差し出された手と俺の顔を交互に見つめ、きょとんとする。
そんな彼に俺は苦笑しながら、その手を掴んだ。
すっかり冷え切ったルークの手が俺の手の温度までも下げていく。

ふ、と息を小さく吐き出して、俺は第五音素を集める。
徐々に温かくなっていく温度にルークは、目を丸くした。

「ちょ、ちょっと待てって!ナツキそれやるとしんどいんだろ!」

「寒いんだろ?風邪ひくぞ」

ナツキがそう言うとルークはう、と言葉を詰まらせた。

随分前とはえらい違いである。前は俺の体調なんて案じもしなかったのに……良い傾向だ。
俺は小さく笑って、少しくらいなら大丈夫だ。と付け足した。
ルークはまだ俺の事を気にしていたようだが、俺にやめる気がないと気付いたのか何も言わなくなった。

「しんどくなったら、やめてくれていいからな!」

「……あぁ、わかってるよ」

そんな会話を交わしていると、背後からなんか、いい雰囲気だねー、なんていうアニスの呟きが聞こえた。
まあ、というナタリアの何だか嬉しそうな声と、おいおいという呆れたようなガイの声もアニスに続く。

案外知事邸はすぐにたどり着いた。
軽くノックをして中へと入る。
中は温かく、俺はルークの手を離し小さく息を吐き出した。
少し疲れたが任務に支障をきたすほどではない。

「大丈夫か?」

「ああ、問題ない」

心配そうな顔をして尋ねてきたルークに俺は苦笑して頷いた。
来客に気付いたメイドが一礼をしてきた。

「知事はこの奥におられます。御用があるようでしたら中へどうぞ」

メイドが指したのは奥へと続く扉。
ありがとう、と礼を述べて、俺達はその扉を開けて中へと入った。

眼鏡を掛けた大佐とよく似た髪の色をした女性がデスクに座り気難しそうな顔をして書類を見つめている。
彼女は来客に気付いたのか、ゆっくりと顔を上げて此方を見た。
ヘーゼル色の瞳が此方を見て、見る見るうちに大きく見開かれる。

「……お兄さんっ!?」

女性のその叫びに一瞬理解が遅れる。
よく似ている、とは思ったが、まさか兄妹とは思わなかった。
マジ!?とルークが身体をのけぞらしながら叫ぶ。
他のメンバーも声には出さずとも、驚いたような顔をしてジェイドをまじまじと見つめている。

「やあ、ネフリー。久しぶりですね。貴方の結婚式以来ですか?」

驚く仲間にはあえて反応せず、ジェイドは朗らかに知事に声を掛けた。

「お兄さん!どうなってるの!?アクゼリュスでなくなったって……」

落ち着いたジェイドとは反対に驚きを隠せない知事は少々声を荒げながら尋ねてきた。
それもそうだ。アクゼリュスに向かって崩落に巻き込まれたはずのジェイドがここにやってきたのだから。
実はですねぇ、とジェイドがゆっくりと事の詳細を簡単に話し始めた。




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