- ナノ -


ダアト:02


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――ゴォオオン

再び鳴る銅鑼。
もうすぐ傍だった。ミュウを片手に銅鑼を鳴らしているのは、見覚えのある赤毛だ。
しかし長さは違う。短く切りそろえられたそれは記憶の中の彼ではない。

その彼の脇にはジェイド、ティア、ガイそしてアニス。
ジェイドの背に向けて声をかける。

「――ジェイド大佐!」

ゆっくりとジェイド達が振り返った。
赤毛の彼が俺の姿を認めた瞬間、気まずそうな顔し視線を逸らした。

「怪我は無いみたいですね」

「はい、大佐……アッシュ、じゃないな。ルークか」

「あぁ、うん……」

俺と目を合わせるのが気まずいのかルークは視線を足元に向けながら頷いた。
髪が短くなったからか随分と印象が変わる。

「ルーク」

ティアがルークの肩を叩き、何かを耳元で囁いた。
それにルークは眉を下げ小さく頷き、意を決したようにしっかりと俺を見据えた。

光を宿した翡翠の瞳が俺を見上げる。
それには怯えと確かな意思が詰まっていた。
翡翠から目を逸らすように俺は僅かに俯く。

「おれ、」

声は少し震えていた。

「俺、変わるって決めたんだ」

"変わる"その言葉を聞き、俺はルークの目を見た。

「だから、見てて欲しいんだ、ナツキにも」

翡翠はやっぱり怯えを含んでいたけれど、しっかりと意思は分かった。
変わりたい。変わらなきゃいけない。それがナツキにも伝わった。

「今までごめん。いっぱい我侭言ってナツキに迷惑かけて本当に、ごめん」

深く下げられたルークの後頭部を見つめ俺は小さくため息をついた。
その瞬間ルークの肩が跳ね、俺は再び息を吐き出す。

ぽすん、

「え……?」

さらけ出された後頭部を撫でてやるとルークは驚いたように顔を上げ、目を丸くさせた。
その顔にナツキは小さく笑みを浮かべ口を開く。

「……見ててやる。変わるんだろ、変わってみせろよ、ルーク」

「――あぁ!ありがとう、ナツキ」

「!」

今まで一度も出なかった感謝の言葉。
初めてルークから出たそれに俺は僅かに目を見開いた。

ルークは、変わっている。
少しずつ、一歩ずつ。ルークなりに変わろうとしている。
些細な事だけれど、大切な事。

俺は小さく笑みを浮かべた。
それが自虐的だったのに、誰が気付いただろう。

ルークは変わる。これは俺の予想。
ユリアなんかとは比べ物にならないくらい不確定なものだけれど、ルークは変わる、恐らく、きっと。
それに比べて、俺は、いつになればこの憎しみを無いものに出来るのだろうか。
心の中の奥底にしまいこまれた黒い思いがひょっこり顔を見せるたび、どうしようもない自分にやるせなくなる。

こんなのでは駄目だ。
分かっているはずなのに、変われない。

変われるだろうか、俺も。

前よりも柔らかく微笑むようになったルークの横顔を見つめ、俺は誰にも気付かれないように小さく息を吐き出した。

「さあ、ナタリアとイオン様を助けに行きますよ」

ぱん、と手を叩き仕切りなおすようにジェイドが言った。
その言葉にルークが軽く謝罪し、行こうと皆に声をかけてから歩き出した。
アニスはルークが仕切っているのが気に入らないのか少し不貞腐れた顔をしていたが、目的は同じだからか何も言わなかった。

それから何度か銅鑼を鳴らして兵をおびき出し、いくつか部屋を回ったが二人はいなかった。
自分のいた位置が分からないからはっきりしないが、かなり深いところまでやってきたと思う。

「なあ、あそこ怪しくないか?」

先頭を歩いていたルークが足を止め、指差した。
神託の盾兵が扉の前で仁王立ちしている。

確かに怪しい。

他の部屋はそんなに警備兵を付けるようなことはしていなかった。

「怪しいな、確かに」

「だよな、よし!ミュウあいつに向かって火吹いてくれ」

相槌を打つと、ルークはにか、と笑いミュウに指示を出す。
わかったですの!短い片手を挙げ元気に返事をするとミュウはひょこひょことその兵士に向かって近づく。
火が届く距離まで近づくとミュウはぴょんとジャンプしてその小さな口からは考えられない程の大きな火の玉を吐き出した。

「わ!?な、なんだ!?」

「悪いな、少し眠ってて貰おうか」

怯んだ兵士の背後に素早く忍び寄り首筋に手刀を打つ。
ばた、と倒れた兵士を一瞥し、ナツキは皆が隠れている方を見て合図する。

「すげぇ……」

「これぐらい練習すれば幾らでも出来る」

ぱんぱん、と手を払う。別にゴミがついているわけではないのだがなんとなく、だ。
そんな事はさておいて、兵士が守っていた扉を開ける。

――カチャ

「イオン!ナタリア!無事か?」

開けるなり見えた金と緑にルークが二人に駆け寄り尋ねた。
見たところ拘束もされていないようだ。
一国の王女と導師にそんな事は流石に神託の盾も出来なかったのだろう。

自分とは違い、ただの軟禁だったようだ。
怪我も見当たらない。

ナタリアは駆け寄ってきたルークを見やり、少し戸惑ったように眉を下げた。

「……ルーク、ですわよね?」

「アッシュじゃなくて悪かったな」

「誰もそんな事は言っていませんわ!」

しかし、ナタリアの事を考えるとアッシュに助けて欲しかったのだろう。少々落胆の色が見える。
ルークはナタリアの様子を見て、いじけた様に口を尖らせた。

「イオン様、大丈夫ですか?怪我は?」

ぱたぱたとトクナガを揺らしながらアニスがイオンに駆け寄った。
イオンは相変わらず穏やかな口調で平気ですよ、とアニスに笑いかける。
もお、と頬を膨らませながらもアニスは安心したようで、目は笑っている。

「皆さんも態々来てくださってありがとうございます」

全員を見回し、イオンはお礼を述べた。

「今回の軟禁事件に兄は関わっていましたか?」

「ヴァンの姿は見ていません。ただ、六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました」

モースは一蹴していましたが、とイオンは真剣な表情で答えた。
六神将、という事はヴァンがまたセフィロトの封咒を解くために指示を出しているのだろう。
しかし、こう考えるとモースとヴァンは仲間ではなさそうだ。

「って事は、いつまでもここにいたら、総長達がイオン様を連れ去りに来るって事?」

「だろうな。さっさと逃げるに限る」

ガイとルークの提案で街の外れにある第四石碑のある丘まで逃げる事になった。
行きと同じように、神託の盾兵に見つからないよう忍び足でこっそりと神託の盾本部を脱出した。

イオンの姿をジェイドや俺の影に隠しながらこっそりと教会を出た。

「またこの面子が揃ったね」

一息ついたところで、アニスが言う。
そういえばこのメンバーは親善大使として旅を始めた当初と同じメンバーだ。
成り行き上とはいえ、まあ不思議な縁だ。

「これもローレライの導きなのでしょうか」

「そうですわね。ユリアに関わる者、各国の重要な立場の人間……偶然ではないような気もいたしますわ」

これも預言に記されているのかな、とガイが笑う。
そうかもね、と相槌を打つのはアニスだ。

ゆっくりと歩きながら、ダアトから東の第四石碑のある丘にたどり着いた。
追っ手が来ないところからイオンとナタリアが脱出したのは気付かれていないようだ。
第四石碑の前で俺達は足を止め、向き直る。

「で、これからどうしますか?」

「バチカルに戻って叔父上に戦争を止める様言うのは?」

ルークの提案にティアが首を振る。

「忘れたの?陛下にはモースの息が掛かっている筈よ。敵の懐に飛び込むのは危険だわ」

「残念ですが、ティアの言うとおりですわ。お父様はモースを信頼しています」

表情を暗くしながらナタリアがティアに同意した。
自分の父が戦争をさせたがっているモースを信頼している事が信じられないのだろう。

「私はセントビナーが崩落するという話も心配ですねぇ」

そういえばアッシュがそんな事をちらりと言っていた。
本当に崩落するのか真偽は定かではないが、アッシュの事だ、嘘は言わないだろう。

「大佐、ならピオニー陛下にお力をお借りしませんか?」

陛下なら自国民が危機に晒されているとなれば、すぐに力をかしてくれるはずだ。
ピオニー様は、そういう人だ。

ジェイドもナツキの提案に頷く。

「アッシュがタルタロスを港に残してくれました。まずはダアト港へ向かいましょう」

さっそく俺達は港に向かうために歩き出した。




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