情報収集:03
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所変わって、ワイヨン鏡窟。 タルタロスを鏡窟のすぐ傍につけ、俺たちは鏡窟の中に入った。 水場が近いせいで鏡窟内はかなり湿度が高いようだ。 因みにイオンはタルタロスで待機している。 本人はワイヨン鏡窟に興味があるようだったがアニスの強い言葉に渋々タルタロスに残っている。
ナツキも本当ならば休息が必要なのだが、ガイが抜けた戦力の穴は大きい。 仕方なく、ナツキもパーティに入れられた。
レプリカに必要なフォニミンが取れるからだろう。 内部は人の手が入っており、歩きやすいように木の板が打ち付けられてあったり昇降機が設置されている。
ふ、とジェイドを見ると何だか疲れているように見える。
「お疲れ、ですか?」
「いいえ、大丈夫ですよナツキ。ただ少し、気になる事がありましてね」
疲れているわけではないらしい。
――馬鹿馬鹿しい。
小さく聞こえたそれに驚いてジェイドを見ると、笑顔で黙殺された。 何も聞くな。笑顔にしっかり書かれたそれにナツキは苦笑を浮かべ、分かりましたと頷いた。
「まあ、あれはなんでしょう?」
「ナタリ――!!」
前を歩いていたナタリアがふよふよと浮かぶ薄水色の物体に近づく。 慌てて声をあげ近づくのを止めようとする前に鋭い銀が振るわれる。
――アッシュだ。
アッシュは一瞬のうちにくらげのような魔物を蹴散らし、肩越しに振り返りナタリアの身を案じる。 その姿はルークよりもずっと王子様らしい。
「……ジェイド、コイツに見覚えは?」
「生物は専門ではないのですがねぇ……ナツキはどうです?」
ジェイドの隣に屈み込み魔物の亡骸をよく確認する。 自分の中にある魔物のデータと照らし合わせてみるが、少なくともこの魔物はこの辺りに生息する魔物ではない。
その事をアッシュに言うと、面倒くさそうに顔を顰めて行くぞ、とだけ言った。
道なりに進み、開けたところに来た。 フォミクリーに使用していたのだろう音機関が並べられている。 廃棄されて間もないらしい。
アッシュが放置されていた演算機を操作する。 どうやらまだ機械は生きているようだ。
慣れた手つきで操作するアッシュにジェイドが感心する。
「大したものですね。ルークでは扱えなかったでしょう」
その言葉を無視しアッシュは演算機に残されたデータに目を通す。 ナツキもその脇からデータを眺める。
「フォミクリーの効果範囲、の研究か?」
「データ収集範囲を広げる事で巨大な物のレプリカを作ろうとしていたようですね」
「大きなものって……家とか?」
アニスがジェイドに尋ねた。
「もっと大きなものですよ」
「フォミクリーの理論上では小さな島くらいなら作れるそうですね」
えぇ、とジェイドが頷いた。 しかしまあそんな大きなものを作ったところで置く場所がなければ意味がない。 島の上に島を乗せる訳にもいかないだろうし、海に置けば海面上昇で他の地域が大変な事になる。
でか、とアニスがあんぐりと口を開けた。
「……なんだこいつは!?ありえない!!」
データに目を通していたアッシュが声を荒げた。 言われるままにデータを確認する。
「……約三千万平方キロメートル!?このオールドラントの地表の十分の一はありますよ!」
「……この、データは……ホドの……」
驚くジェイドの隣で呆然と俺は呟いた。 まさかヴァンはホド島をレプリカで再現しようというのか!?信じられない。 しかし、この演算機に残されているデータは全てホド島のに関するデータ。
口元を押さえ、俺はふらふらと後退した。
そんな事をしてもナツキの本当の父と母が戻ってくるわけではない。 仮初の物など、欲しくはない。
「……気になりますね。この情報は持ち帰りましょう……ナツキ、手伝って――ナツキ?」
隣に居ないナツキに気がついたらしく、ジェイドが不思議そうに振り返った。 要らぬ心配をかけぬようにナツキは素早く口元から手を離し、ジェイドに近づいた。
「……顔色が悪いですね……少し休憩していてください」
「……申し訳ございません」
自分の思っているよりもひどい顔色だったらしい。 ジェイドが顔を顰め、ため息を吐き出した。 俺は眉をさげ、一礼してからよろよろと後退し邪魔にならぬよう端に座り込んだ。
――ホド。 俺の大切な故郷。もう戻れぬ、大切な場所。 それがレプリカで復活させられる。それを考えるとヴァンに激しい怒りがこみ上げた。 フォミクリーで作られたレプリカはよく似ているけれど、本人じゃない。
目を閉じ故郷を、父を、母を、脳裏に思い描く。
屋敷の中庭は沢山の花が植えられていた。 庭師のアレンは初老の男で白混じりの顎鬚を生やしており、皺を深めて柔和に笑うその顔が印象的だった。 枝切りバサミを片手に花壇の前でいつも唸っていた。 その背中を押して驚かせるのがナツキの遊びのひとつだった。 中庭には軽食が食べれるように白いテーブルと椅子がセットで置かれていて、お昼のおやつの時間にはそこで焼きたてのマフィンを食べた。 白いエプロンをつけたブロンド髪のメイドが紅茶とマフィンを持ってくる。 マフィンは様々な種類があり、飽きないように日によって変えられた。 中でも好きだったのはクリームチーズのマフィンだ。ほんのり甘く、ちょっぴりチーズの酸味がありとても美味しかった。 時々メイドとも一緒におやつを楽しんだ。口元に欠片を付けていたのを何度苦笑気味にそっと取られただろうか。 中庭から左手の扉から屋敷に入り、右に曲がって廊下を真っ直ぐ進むと母の部屋がある。 優しい母は俺が来ると優しく微笑み、暖かなその腕で俺を包んでくれた。 今日の勉強の内容を母に話す。知っている事だろうに初めて知ったような反応をしてくれる母が嬉しくて沢山話した。 そこから出て右手の階段を上り、廊下の中間辺りにある部屋は父の執務室だった。 色々な書類や本が沢山詰まれたそこに行くと、父はいつも厳しい顔をして書類と睨めっこしていた。 でも、ナツキが来ると眉間に刻まれた皺を伸ばして、微笑んでくれるのだ。 忙しいときはそうではないけれど。うっかり来客があるときに入ってしまい怒られた事もある。 夕方になる少し前に、木製のレイピアを持って中庭へ向かう。 中庭の中央でプラチナブロンド色の髪の若い男が同じく木製の剣を持ち、待っている。 この時間に剣の稽古をしていた。彼の名前はルースだった。 若くともマルクト軍の少佐で、仕事の合間を縫ってよくナツキのもとへ来てくれた。
だが、皆、いなくなってしまった。 あの屋敷にいた人達は、俺が知っていた人達は、皆――
「あ!こんなところにチーグルがいるよ!」
高いアニスの声が頭の中に飛び込んできて、ナツキは重い頭を擡げそちらを見た。 二つある檻の中に黄色いチーグルがそれぞれ入れられている。 ナツキも興味を抱き、のろのろと緩慢な動きで立ち上がり近づいた。
「レプリカと被験体のようだな」
どちらも生き写しのように同じ場所にあざがある。
それらを覗き込みアニスが檻を叩き火を吹かせる。 一方は大きな火を、一方は小さな火を。
「レプリカは能力が劣化する事が多いんですよ。此方がレプリカなのでしょう」
どうやらデータのコピーが終わったらしいジェイドが小さな火を吹いた方を顎でさして言う。 が、アニスがそれを否定する。
「でも大佐?ここに認識票がついてるけど、このひ弱な仔が被験体みたいですよ」
「そうですか。確かにレプリカ情報を採取の時、被験体に悪影響がでることも皆無ではありませんが……」
淡々とジェイドが答える。 それを聞いたナタリアがまあと顔色を悪くして、アッシュを見やった。 アッシュも被験者だ。身を案じたのだろう。
「ナタリア、アッシュ。心配しなくていいですよ。レプリカ情報を採取された被験体に異変が起きるのは無機物で十日以内です」
生物だともっと早い、とジェイドが言うと、ナタリアはほっと胸を押さえ安堵のため息をついていた。 凄い、とアニスが言うとジェイドは消し去りたい過去だと苦笑した。
引き上げるぞ、とアッシュが歩き出す。 来た道を引き返し、タルタロスへ向かう。
その途中だった。
「!……何か、こっちに来てる?」
此方を狙う殺気を感じ、俺は足を止めた。 アッシュもそれを感じたのだろう、剣の柄に手をかけ腰を低くし戦闘態勢に入る。 同じようにナツキもレイピアを構え、殺気のする水面を睨みつける。
「ナツキ、貴方は譜術で援護しなさい」
「でも……」
「いいですね」
前衛は私が、とジェイドがナツキを手で制し槍を構えた。 食い下がろうとすると、怖いくらいの笑みを向けられ、頷くほかなかった。
水面から水しぶきを上げて大きな青い魔物――アンキュラブルブが飛び出してきた。 脇には先程のくらげのような魔物――ブルブがふよふよと浮いている。 鋏のような手をカシャカシャと鳴らしながらアンキュラブルブは俺たちを見下ろした。
「来るぞ!」
アッシュがばっと駆け出し、斬り付ける。 怯んだところを狙ってジェイドが槍を突き上げて攻撃する。
ナタリアはアッシュやジェイドを狙うブルブを牽制し、二人が傷つけば治癒譜術を唱える。
「雷雲よ、我が刃となりて敵を貫け――下がって!サンダーブレード!」
素早く詠唱し、アッシュとジェイドが後退したのを見やり譜術を発動させる。 雷で作られた剣がアンキュラブルブを貫いた。
「まだまだ行くよ!歪められし扉、今開かれん!ネガティブゲイト!」
アニスの譜術がアンキュラブルブを追い詰めるように発動する。 闇色の光りの球がアンキュラブルブを包み、そして弾けた。
止まない攻撃の嵐にとうとうアンキュラブルブはその大きな身体をふら付かせ、倒れ伏した。
「何なの、こいつ……キモっ!」
アニスが今しがた倒したアンキュラブルブを見やり、顔を引きつらせた。 もう動かないその魔物をよく見ようとナツキは近づく。 見れば見るほど奇妙な魔物だ。
手はかにの様な鋏なのに、貝殻があり、ウオントのような棘棘した背びれがついている。 色々な生物を無理やりくっつけたような形態だ。 青い皮膚に触れると艶がありぶよぶよと弾力もある。手触りはオタオタと大して変わらないな、と考える。
「フォミクリー研究には生物に悪影響を及ぼす薬品も多々使用します。その影響かもしれませんね」
ジェイドが顎に手を当て、アンキュラブルブを見下ろしながら言った。 道を塞ぐものを倒したところで俺たちは気を取り直しタルタロスに戻った。
タルタロスで帰りを待っていたイオンがナツキ達の姿を認めると笑顔で駆け寄ってきた。
「おかえりなさ……」
駆け寄ると同時に地面がぐらぐらと揺れ始めた。 突然の地震にナタリアが倒れかけるが、アッシュが素早く支える。 何だかんだ言ってアッシュはナタリアの事を庇っている。
「あ、あの……ありがとう」
支えられたナタリアは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、感謝の言葉を述べる。 アッシュは満更でもなさそうにナタリアを優しく立ち直らせた。
その表情が僅かに柔らかくなったのをナツキは見逃さなかった。
「今の地震、南ルグニカ地方が崩落したのかもしれない」
「そんな!何で!?」
「ルークがセフィロトツリーを消した、からだろう?」
ナツキが顎に手をあて予想を口にすると、アッシュが小さく頷いた。
あそこのセフィロトツリーが支えていたのはアクゼリュスだけではない。 南ルグニカ地方全域を支えていたのであれば崩落はアクゼリュスだけでは留まらない。 他の地方とくっついているからまだ耐えているものの、南ルグニカが崩落するのは時間の問題だろう。
「他の地方への影響は?」
「俺達が導師をさらって、セフィロトの扉を開かせてたのを忘れたか?」
「扉を開いてもパッセージリングはユリア式封咒で封印されています。誰にも使えない筈です」
イオンがアッシュの言葉を否定するように告げた。
「ヴァンの奴はそいつを動かしたんだよっ!」
突然声を荒げたアッシュにナツキはぎくりと肩を跳ねさせた。 そんなナツキの隣で顎に手をあてジェイドがふむ、と考え込む。
「ヴァンはセフィロトを制御できるということですね。ならば彼の目的は……更なる外殻大地の崩落ですか?」
「そうみたいだな。俺が聞いた話では次はセントビナー周辺が落ちるらしい」
「そんな!あそこには約二十五万人の人々が住んでいるんですよ!」
セントビナーは城塞都市。魔物の危険が少ないため沢山の人々が暮らしている。 崩落すればどうなるか。考えるだけでも血の気がうせる。
ジェイドも険しい顔をして、何か策を考えているようだ。
「と、り、あ、え、ず!あたし達、ダアトに帰りたいんだけど!」
そんな時、アニスが頬を膨らませて言った。 そういえばアニスはずっとダアトに帰りたいと言っていた事を思い出す。 イオンが宥めていたがそろそろアニスも限界らしい。
「ああお前らを送ってやる」
アッシュがため息をついた。
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