情報収集:02
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ベルケンドは港を出て南に少し歩けばたどり着いた。 きちんと道もあるため迷う事はない。
「凄いな……」
音機関都市、と呼ばれるだけあり街中に大きな音機関が置かれている。 大きな円形の歯車が規則正しい速度で回っている。 後は階段の多い街、という印象を受ける。
ガイの瞳が心なしかキラキラしている……音機関が好きなのだろうか? そういえば、タルタロスに乗ったときも目が輝いていた。
アッシュの言う第一音機関研究所は街の入り口から少し歩いた場所にある。 "研究所"と言うだけあって建物はとても大きい。
中では白衣を着た研究員達がクリップファイルを片手に音機関の前で頭を抱えている。 よく分からない音機関が大量に並べられている。
沢山の研究員達の中の一人にアッシュが声をかけた。 頭の薄い眼鏡の老人――スピノザが振り返りアッシュを見て目を丸くする。
「お前さんはルーク!?いや……アッシュ……か?」
「はっ、キムラスカの裏切り者がまだぬけぬけとこの街にいるとはな。……笑わせる」
「裏切り者ってどういう事ですの?」
アッシュの言葉に疑問を持ったナタリアが尋ねる。 裏切り者、とは穏やかではない。
「こいつは……俺の誘拐に一枚噛んでいやがったのさ」
苦々しげにアッシュが吐き捨てた。それでスピノザが"裏切り者"か。 背後ではっと誰かが息を呑んだ。
「まさかフォミクリーの禁忌に手を出したのは……!」
「!」
フォミクリーを使って"ルーク"を作り出したのは……。 ナツキはスピノザを睨んだ。
「フォミクリーを生物に転用するのは禁じられたはずですよ」
「フォミクリーの研究者なら一度は試したいと思うはずじゃ!あんただってそうじゃろう!?ジェイド・カーティス!いや、ジェイド・バルフォア博士!あんたはフォミクリーの生みの親じゃ!何十体ものレプリカを作ったじゃろう!」
ならば否定する事はできまい!と声を荒げたスピノザに米神がぴくりと震えるのを感じた。
どうしてフォミクリーを生んだジェイドが、これを禁忌としたか。 その意味をスピノザは分かっていない!
ぎゅうっと握りこぶしを作り、ぎりっと歯噛みした。
「黙れ!どうしてジェイドがフォミクリーを禁忌にしたのか少し考えれば分かるはずだ!!」
フォミクリーの人体実験はかなりの苦痛を伴う、と聞いた事がある。 どれほどの痛みなのか、俺には量り知る事は出来ないが、アッシュは辛かっただろう。 胸倉を掴み、鋭くスピノザを睨んだ。 ひぃっとスピノザが怯えた様に身体を縮こまらせる。
「やめなさい、ナツキ」
思った以上に冷静なジェイドの声がナツキを咎める。 胸倉を掴んでいた手を離し、首だけを動かしジェイドを見た。 真剣な赤い目がナツキを見つめている。 その目がこれ以上余計な事をすれば怒る、と語っておりナツキは渋々後退した。
「わ、わしはただ……ヴァン様の仰った保管計画に協力しただけじゃ!レプリカ情報の保存だけなら……」
ぱ、とスピノザの口から興味深い言葉が発される。 聞き逃さなかったアッシュが素早く問い詰める。
「保管計画?どういう事だ」
「おまえさん知らなかったのか!」
しまった、とばかりにスピノザは顔色を悪くし口元を押さえた。 どうやらスピノザはアッシュが知っているとばかり思ってこの言葉を口にしたようだ。
説明しろ!とアッシュが詰め寄ったがスピノザは固く口を閉ざしてしまった。 もうこれ以上話す気はないようだった。 スピノザが口を開かない以上ここにいても無意味だ。 仕方なく俺たちは研究所を出る事にした。
研究所の入り口で足を止め、これからの行き先を考える。
「……ワイヨン鏡窟に行く」
「ラーデシア大陸にある洞窟ですね。フォミクリーに必要なフォニミンが取れる洞窟です」
レプリカを作るにはフォニミンが必要だ。 それが取れる洞窟ならば何らかの情報が見つかるかもしれない。
運がよければヴァンの目的も分かるだろう。
「そういう事だ。行くぞ」
「俺は降りるぜ」
アッシュが踵を返そうとした時だった。 ガイが俺たちに背を向け、そう言った。
ずっとタイミングを見計らっていたのだろう。 ワイヨン鏡窟に行ってしまうとルークを迎えに行くのは困難になる。
「……どうしてだ、ガイ」
踵を返そうとしていたアッシュがガイに向き直り、尋ねた。
「ルークが心配なんだ。あいつを迎えに行ってやらないとな」
「ガイ!貴方はルークの従者で親友ではありませんか。本物のルークはここにいますのよ!」
確かにアッシュは"ルーク"だけど、ガイが心配しているのは此方の"ルーク"じゃない。 頭を緩く振り、ガイは口を開いた。
「本物のルークはコイツだろうさ。だけど……俺の親友はあの馬鹿の方なんだよ」
「迎えに行くのは自由ですが、どうやってユリアシティに戻るつもりですか?」
「……ダアト北西にアラミス湧水洞って場所がある。もしもレプリカがこの外殻大地に戻ってくるなら、そこを通るはずだ」
そっぽを向きながらぶっきら棒にアッシュが答えた。 その横顔が少し淋しげに見えたのは、ガイがルークの方へ行ってしまったからだろう。
悪いな。それだけ言うと、ガイは駆け足で俺たちから離れていった。 ナタリアがガイの背に向けて叫んでいたが、ガイが足を止める事はなかった。 今なおルーク、と呼ぶナタリアにアッシュはそっぽを向いたまま静かに言う。
「その名前で呼ぶな。それはもう俺の名前じゃねぇんだ」
その言葉がやけに大きく、そして哀しげに聞こえたのは気のせいじゃない。
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