- ナノ -


ユリアシティ:03


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意識を失っていた間の事をガイが簡単に説明してくれた。
そのお陰で此処がユリアシティという外殻大地の下にある街だという事も分かった。
驚いたのは今まで住んでいた大地が宙に浮いていた、という事だった。
とんでもないところまできてしまったものだ。

しかし、ユリアシティの空は薄暗く気分の滅入りそうな場所だ。
青い空が恋しくなる。ティアの家から出てすぐのセレニアの花が咲く場所でため息をつく。
ここは辛うじて太陽光が入る。だからこそ花も咲くのだろう。
白い花に屈んで触れる。つるんとして冷たい茎を根元から折り、摘んだ。

顔に寄せて、香りをかぐ。
優しい花の香りにナツキは表情を緩めた。
どうしようもなく泣きたくなって、ナツキはその場に座り込み、膝に顔を埋めた。

――ぽた

声もなく、音もなく、涙だけが流れる。
昔のままで止まっている父と母の顔を思い描く。
年を経るごとに曖昧になっていくそれが、怖くて哀しくて辛い。

"復讐"のために握った剣がいつの間にか国を守る剣になった。
それでも良かった。

それでも、良かった筈だった。
けれどあの時、死に掛けた時に考えたのは――。

(キムラスカに復讐できてないのに、か……)

自分が思っているよりもずっと、自分の中にはキムラスカへの憎しみがあった。
どうしてもそれは消せなくて、ずっと心にこびりついている。

手元に第五音素を集める。
ぼ、と音を立てて花が燃え始める。
徐々に灰に変わり、形を失くしていく。

やがて花は手元から消えた。

「……こんな風に消えれたら――」

「おや、随分弱気な台詞ですね」

「!?」

背後から聞こえた声にぎくりと肩が跳ねた。
振り返らずとも分かる――ジェイドだ。

「……カーティス大佐、どうして此処へ?」

ばれない様に涙を拭い、声色はなるべくいつも通りになるようにして振り返らずに尋ねた。
ジェイドの気配がゆっくりと此方へ向かってくる。

「まだカーティス、と呼びますか……貴方も強情ですねぇ」

「上司ですから」

以前苗字がなれない、とジェイドは言っていた。
だからルークやガイ、ティア、アニスは皆"ジェイド"と呼んでいる。
このメンバーの中でたった一人、ナツキだけはずっと"カーティス"と呼び続けていた。

上司だから、というナツキの回答にジェイドが呆れたようにため息をついた音がした。
気配がナツキの隣に来る。でもナツキは顔を上げなかった。
上げれなかった。きっと今自分は酷い顔をしている。
そんな顔をジェイドに見られたくはない。

「別に怒りませんよ〜」

「呼び方なんて、私の勝手でしょう」

「ジェイド、と呼んでほしいんですがねぇ」

「……」

黙り込んだ俺にジェイドがまた息を吐き出した。
ため息をつきたいのはこちらのほうだ。
独りになりたいってのに、この上司は許してくれないようだ。

「……ナツキ、此方を見なさい」

「……嫌、です」

その言葉に俺は俯いたまま拒否する。

「上官命令です。此方を見なさい」

上官命令。そう言われてしまったらナツキは拒否する事が出来ない。
ずるい人だと思う。

重い息を吐き出して、ジェイドを見上げた。
思っていたよりもずっと優しい赤い眼が安堵したように細められる。

「酷い顔です」

手がナツキの目じりに寄せられ、浮かんだ涙がそっと拭われた。
言われた言葉にむっとしてナツキは眉間に皺を寄せ、ジェイドを睨む。
そんなナツキの睨みを笑みで受け止め、ジェイドは中腰になった。

――ぽすん、

「泣きなさい。辛い時は泣きなさい」

一瞬、何が起こったのかわからなかった。
優しく後頭部を押さえられ、次には視界が真っ青になった。
ジェイドに抱きしめられたという嫌悪よりも、涙が先に溢れ出した。

「……ぅ……ぅあ……うわぁあああん」

とんとんと規則正しく叩かれ、その感覚が母を思い出させてもっと涙を溢れさせた。





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