ユリアシティ:02
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……何もかも、滅茶苦茶にしてやりたかった。 ずっとずっと、俺には心の奥底に閉じ込めていた思いがあった。 その目的のために軍人になり力を手に入れ地位も手に入れた。 けれど、それでも目的は達せなかった。
心に誓った思い。
ベッド脇に置かれたレイピアを手が傷つくほど強く握り締めた。 ぷつりと切れて指先に血が伝う。 そうだ、あの時はもっともっと沢山の血が零れてた。 お父さんもお母さんも血を流していた。きっと痛かった。
ナツキは虚ろな目で横を通り過ぎた人間を眺めた。 何も知らずに生きる、こんな胸の苦しさなんて知らずに生きる、人間。 何故だか腹が立った。
何かを考えるよりも前に身体が動いた。 大怪我を追ったというのに身体はずいぶん素直に動き、何にも知らぬ男の背中に向けて切っ先を向ける。
「――何をやってやがる!!」
ガキィィン――
飛び込んできたのは赤色だった。 血のように赤い髪を持つ男は苦々しげな顔をして舌打ちをすると、思い切り剣を振りかぶる。 後方に飛ばされたが、素早く体勢を整え着地する。
「……キムラスカ人……」
「あぁ?」
「殺すっ!!!!」
ばっと駆け出し、レイピアを振るう。 しかし、それは剣によって防がれる。 ナツキにとってそれは予想済み、いや、寧ろそれを待っていた。 相手の動きを止める。ただそれだけでいい。
「殺してやる……業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ、イグニートプリズン」
「……っ!てめぇ!!」
下がろうとした男の腕を掴む。 足元から赤い炎が湧き出す。赤い炎が徐々に上がってナツキの足を焼く。
「荒れ狂う流れよ!スプラッシュ!!」
第三者の声が割り込み、スプラッシュを唱える。 頭上から大量の水が降り注ぎナツキとアッシュをぬらす。 足元の赤い炎がスプラッシュにより打ち消される。
「ジェイド、見つかったのか!?」
薄暗い瞳でそちらを見た。 金髪の男が茶髪の男に駆け寄っている。
「ナツキ、やめなさい。こんな事をしていいと思っているんですか」
急激にナツキは頭が冷えるのを感じた。 レイピアが手から落ち、からんと地面に当たって跳ねる。 意識が戻るに連れて身体に痛みが走り、胸に手をあてナツキはその場に蹲った。
ナツキ、とガイが名を呼び駆けてきて、背中に手を当てた。
「……大佐、」
「ったく、そいつは一体なんなんだ!?」
赤髪の男、アッシュがジェイドに尋ねた。 それも当然だろう突然襲われたのだから。
ナツキは俯いたまま、震えていた。 どうしようもなく自分のやった事におびえていた。
あんな事するつもりじゃなかった。 わからなかった。ただ身体が動いた。 自分が自分じゃないようなそんな感覚。
「大丈夫、か?」
ガイが心配そうに顔を覗き込んできた。 優しい色をした金髪がナツキの視界に入り込む。
(この色、見たことある)
ナツキは漠然と感じた。 遠い昔に見たことがある。 はっきりとは思い出せない。 ただ自分はこの色を確かに見たことがある。
のろのろと顔をあげ、ガイを見た。
「……あ、あぁ……」
「立てるか?」
小さく頷く。 痛みは大分引いた。 ナツキは立ち上がり、ジェイドを見た。 険しい顔をしてジェイドが近づいてきた。
「……何をしたか、わかっていますか?」
長い長い沈黙の後、ナツキは小さく頷いた。 そして、深く頭を下げた。茶色い地面と上司のつま先が少しだけ見える。
「申し訳、ございません……我を失っていました。いや、そんな謝罪だけでは足りないほど、私は……俺は――」
馬鹿な事をしてしまったと、ナツキは心のそこから反省していた。 硬く目をつぶり、頭を下げっぱなしにする。 上司の言葉を待つ。
「まったく……仕方ない人ですね」
今回限りで許してあげますよ。ジェイドのその言葉でナツキは身体から力が抜けるのを感じた。 ぽすんと下げた頭に軽い衝撃が走る。青い手袋をはめた手はジェイドだけだ。 そろそろと顔をあげ、ナツキはジェイドの顔を見た。
呆れたような、困ったような顔をしていた。
「何をすべきか、分かりますね?」
「はい……迷惑をかけ、申し訳ない。悪かった……鮮血のアッシュ」
先程と同じように今度はアッシュに頭を下げた。 アッシュはナツキの謝罪を一瞥してからそのまま立ち去ってしまった。 怒っているのだろう。無理もない。
目を伏せ、俺は小さく息を吐き出した。 ガイがそう落ち込むなよ、と声をかけてくれたが暫く立ち直れそうになかった。
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