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アクゼリュス崩落:05


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全員張り詰めた顔をしながらも、タルタロスに入っていった。
そこかしこに神託の盾の死体が転がっていたが、今はそこまで気が回らない。
ガイにナツキを船室のベッドに寝かせるように指示を出し、自分は船橋に向かう。
タルタロスが動くかどうかを確認する必要性があった。

薄暗い此処では気分も滅入る。
静かな空間で、自分の足音だけが響く。
船橋にたどり着き、いつもは部下が座るタルタロスの制御する場所を確認する。
さっと目を通す。どうやら故障はないようだ。
これなら動かすことが出来るだろう。

小さく安堵の息を吐き出した。

甲板に出ると既に全員が集まっていた。
深刻そうな顔をしてジェイドに視線が集まる。

「なんとか動きそうです」

ジェイドが言うと、数人がほっとしたような顔をした。
タルタロスが動くのであればまだ生存できる可能性はある。
しかし辺りを見回す限り、人がいそうな場所はない。
何処までも瘴気の泥海が広がっているだけだ。

深刻そうな顔をしながらもティアが口を開いた。

「魔界にはユリアシティという街があるんです。多分此処から西になります」

とにかくそこを目指しましょう。

ティアはどうやらここ―魔界、とティアは言っていた―の事を知っていたようだ。
少なくとも今はティアの言葉に従うしかない。
街、というのだから人はいるだろう。ならばナツキを治療してもらえる。

一刻も早くナツキには治療が必要だった。
腹の傷はティアとナタリアが粗方治したが瘴気の毒までは抜くことが出来なかった。

「行けども行けども何もない……なあ、此処は地下か?」

「ある意味ではね。貴方達の住む場所は、此処では外殻大地と呼ばれているの」

ガイの独り言のような呟きに、ティアが冷静に答えた。
魔界から伸びるセフィロトツリーに支えられている空中大地だとティアは言う。
自分達の住んでいる大地が宙に浮いているだなど思いもしなかった。

分からない、というナタリアやアニスのためにティアは説明した。
イオンもティアに補足するように説明をする。

二人の話を纏めるとこうだ。

外殻大地はその昔は魔界にあった。
しかし、二千年前、原因不明の瘴気がオールドラントを包み大地が汚染され始めた。
このときユリアは七つの預言を詠み滅亡から逃れ繁栄するための道筋を発見した。
そしてユリアは預言を元に地殻をセフィロトで浮かせる計画を発案し、それが外殻大地の始まりだった。
このことは教団の詠師職以上とこの魔界出身者しか知らないのだそうだ。

つまり、ティアは魔界の出身者だという事だ。
しかし腑に落ちないのは支えられていた大地が何故崩落したのか、という事だ。

「何故、こんな事になったんです?アクゼリュスは柱に支えられていたのでしょう?」

「それは……柱が消滅したからです」

イオンは答えた。
柱が消滅したからアクゼリュスは崩落した。簡単な答えだった。
千年以上も支え続けていた柱が何故突然消えたのか。

イオンの視線の先を追い、ルークを見た。
彼は真っ青な顔をしながらも沢山の視線を受け止めた。

「……お、俺は知らないぞ!俺はただ瘴気を中和させようと思っただけだ!」

あの場で超振動を使えば中和できると言われただけ。とルークはわめく。
ルークはヴァンに騙されたのだ。

ルークの超振動が柱を消した。
その事実は変わらない。アクゼリュスにいた人の命を奪った事実も。

責めるような視線にルークは耐え切れなくなったのか、声を荒げた。

「俺が悪いってのか?……俺は……俺は悪くねぇ!!」

ルークの喚きにジェイドは自分の何処かがぶちりと音を立てたのをどこか客観的に感じていた。
こんな奴のせいで部下が――ナツキが沢山の怪我をして死ぬ一歩手前まで追い詰められたのかと考えると腹が立つ。

ジェイドは小さくため息をついた。

「ナツキの様子を見にいきます。……ここにいると馬鹿な発言に苛々させられる」

冷たくルークを一瞥しジェイドは船内に戻った。
背後で何かを喚いていたが、言葉として認識するのも嫌だった。

ナツキを寝かせたのは一番近い部屋だと先程ガイが言っていた。
扉を開け薄暗い船室に目を凝らす。

そこまで寝心地の良くないだろうベッドにナツキは寝かされていた。
顔からは血の気がうせ、唇は紫色をしている。
時折呻いているのは身体が痛むからだろうか。

「……あの……軍人さん……?」

服の裾が引っ張られ振り返るとそこにはナツキが助けた少年が此方を見上げていた。
名前は確か、ジョンだっただろうか。ジェイドは少し考えてから少年の名前を思い出す。
ジョンは不安そうな双眼をこちらに向けている。
ジェイドは屈み込み、少年と目線を合わせる。

「なんですか?」

「そこの軍人さん、死んでないよね……?」

「……えぇ、辛うじて生きています」

本当に辛うじて。処置が遅れれば毒が回って死ぬかもしれない。
死んでいなくてももしかしたらもう目を覚まさないかもしれない。
それでも生きている、というジェイドの言葉にジョンはほ、としたように息を吐き出した。

「何故、そのような事を聞いたのですか?」

「その人が……抱きしめてくれたから、僕、落ちても助かったんだ……」

そのことを聞き、ジョンが不安そうにナツキを見ている理由を悟った。
ジェイドはぽんとジョンの頭を撫でてやる。
そしてにこりと安心させるようににこりと微笑んだ。

「大丈夫ですよ、ナツキは軍人ですから。そのうち目を覚まします」

「……本当?じゃあ、良かった!」

ぱあっと表情を明るくしたジョンに少しの罪悪感を感じた。
ナツキが目を覚ますかなんて、ジェイドにもわからない。
それでもジョンを安心させるに嘘をついた。何故か心が痛むのは、どうしてなんだろう。
今まで嘘をついた数なんて数えられないほどなのに、どうして、このときは痛んだのか。ジェイドにはわからなかった。





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