アクゼリュス崩落:04
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痛い辛い苦しい……ここは何処だ。 大佐の呼び声が聞こえたような気がしたのだが、視界が悪く何も分からない。 見上げても青空ではなく黒く、下は紫色をした沼のようなモノが一面に広がっている。 自分はどうやら何かにつかまって浮かんでいるらしい。 手触りからすると木の板だろうか。
「にい、ちゃん……?」
「!」
傍から少年の声が聞こえてきて俺はそちらを見た。 薄ぼんやりとした視界に動くものが見える。それが少年なのだろう。 あの高さから落下して助かっていることは正直奇跡としか言いようがなかった。この少年も、俺も。 しかし、死への階段をかなりの速度で上っていることも事実。
指先の感覚もない。この紫色のドロは毒を含んでいるようだ。
「ナツキ!聞こえますか!?」
仲間と上司の声が聞こえてきた。 どうやらこの近くにいるらしいが、気配も何も分からない。 助けてくれないことを見ると、手が出せない距離なのだろう。
「に、ちゃん……」
「……しょ、う、ねん……ちょ、と、眼閉じとけ……」
特別風魔法が上手くて良かったと思った。 なけなしの気力を振り絞り、俺は力をこめる。
「う、なれ……れ、ぷ……ター、ビュランス……」
詠唱は殆どボロボロだった。声がかすれて出ないのだ。 それでもなんとか譜術は発動する。
ふわりと少年が風の力により浮かび、そしてジェイドたちのいる岸へと運ばれる。
「うわあん!」
「もう大丈夫ですわ」
泣き叫ぶ少年をナタリア様が宥めている声が聞こえる。 それをきいて、俺はほ、と安心する。 木の板に顔をつけ、目を閉じた。もう譜術を発動できるほどの気力がない。 身体中の力が抜けていくのを感じる。
「ナツキ!しっかりしなさい!」
「死ぬな!」
「じぇ、ど……が、い……」
彼らの声を聞いて俺は掠れた声で名前を呼んだ。 あまりにも掠れすぎて彼らには聞こえなかったようだが。 どぷり、と木の板が沈み始める。瘴気の泥がだんだんと顔にまで迫ってくる。
(死ぬのか……――キムラスカに…… できてないのに?)
どくんと心臓が大きく脈打った。嫌だと心が叫んだ。 過呼吸気味にナツキは浅い呼吸を繰り返した。
あと少しで、全てが瘴気の沼に飲み込まれる。
「……っぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
泥に沈んだ身体の下から強烈な風が巻き起こり、ナツキの身体を飛び上がらせた。 制御できていないその譜術はナツキ自身の身体をも傷付ける。 身体は泥から飛び出したが、制御をできていないため真上に飛び上がっただけで岸まで動けない。 いや、もう既にナツキの意識はなかった。
ジェイドは舌打ちをして、苦い顔をした。
「攻撃しないようにするのは苦手なのですが……致し方ないですね」
くいと、ブリッジを上げジェイドは頭を振った。 ジェイドの足元に魔方陣が浮かび上がる。
「唸れ、烈風!大気の刃よ、切り刻め!タービュランス!」
いつものそれよりも遥かに弱い風の譜術がナツキの身体を岸のある場所まで飛ばす。 僅かにナツキの軍服までも切り刻まれてしまっている。 ガイは運ばれたナツキの身体の下まで行き待機する。
がくん、とナツキの身体が落下しガイの腕の中に収まった。 ナツキの顔色は悪く、唇は紫色に変色している。 なるべく身体に響かないようにそっとガイはナツキを地面に寝かせる。
「すぐに治療いたしますわ!」
ナタリアが素早く駆け寄りナツキの傍にかがみこんだ。 ティアも同じく傍にかがみ込む。 その後ろでアニスが不安そうな顔をしてナツキを見つめている。
「毒に侵されている可能性がありますね……」
僅かに痙攣しているナツキの指先を見つめ、ジェイドは呟いた。 この瘴気の沼に身体を半分突っ込んでいたのだからその可能性は高い。
「それにしても、この傷……剣で切られた痕ですわ」
腹の丁度中心には鋭い剣の切り傷があった。 レイピアや細い剣ではない、大剣で切られた痕だ。
「恐らくヴァンのモノでしょう」
「兄さんが……」
恐らく、とジェイドは言ったが殆どそうだと確信しているのだろう。
粗方の傷はナタリアとティアのお陰で治ったがナツキの呼吸は浅く弱弱しい。 一刻も早く解毒しなければ不味いだろう。
幸いタルタロスが傍にあった。 アクゼリュスと一緒にここに落ちてきたのだろう。 緊急の浮標が作動しているようで、泥の上でも辛うじて浮いている。 壊れていないかどうかだけが心配だったが、今は壊れていないことだけを願うしかない。
ジェイドはタルタロスにいくように促した。
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