上司の気持ち:05
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山道も下り坂になり足が進めやすくなってきた。 ナツキも登りよりかは幾らかマシな顔色をしている。
タァン――
何処かからルークの足元に向けて譜銃が撃ち込まれた。 止まれ、鋭い女の声が上の方から飛んでくる。
「ティア。何故そんな奴らといつまでも行動している」
「モース様のご命令です。教官こそどうしてイオン様を攫って、セフィロトを回っているんですか!」
見上げると高台にリグレットが此方を睨みつけている。 リグレットとティアはタルタロスで出会った時の反応を見る限り知り合いのようだった。 どのような関係なのかジェイドは知らないが、ティアはリグレットの事を"教官"と呼んでいる。
「人間の意志と自由を勝ち取るためだ」
「……どういう意味ですか?」
ティアが尋ねると、リグレットは憎憎しげに答えた。
「この世界は預言に支配されている。何をするにも預言を詠みそれに従って生きるなど可笑しいと思わないか?」
預言は人を支配するためにあるのではない。とイオンが柔らかく反論した。 リグレットはイオンを見下ろした。
「導師。貴方はそうでも、この世界の多くの人々は預言に頼り支配されている」
夕食の献立すら預言に頼る。というリグレットの言葉にはジェイドも少し驚いた。 しかし"預言"というのは生まれた時から身近にあり、人々の生活になくてはならない物となっている。 ジェイドも一度や二度、預言を詠んで貰った事がある。 かといって、その通りに生きる気はジェイドにはまったくないけれど。
「……結局のところ、預言に頼るのは楽な生き方なんですよ。もっともユリアの預言以外は曖昧で詠み解くのが大変ですがね」
眼鏡のブリッジを人差し指で上げ、緩く首を振る。 ジェイドの言葉にリグレットは小さく頷きそういう事だ。と言う。
「この世界は狂っている。誰かが変えなくてはならないのだ」
再度ティアに此方へ来るようリグレットは呼びかける。
「私はまだ兄を疑っています。兄の疑いがはれるまで貴方の元へは戻れません!」
「ならば力ずくでも!」
ばっとリグレットは飛んだ。 くるくると身体を回転させ、ジェイド達の目の前へ着地し銃を構えた。
「ナツキ、下がりなさい」
「……はい、大佐。ですが、援護はします」
ミュウを右手で抱えながら、ナツキは素早くジェイドの背後に回る。 本来ならば援護もして欲しくないのだが、相手が六神将なのだからそうも言っていられない。
ルークが剣で斬りかかるが、リグレットは素早い動きで避けている。
タァンタァン――
乾いた破裂音がこだまする。 狙われたナタリアがぎりぎりのところで横に移動して避けた。
譜銃というのは音素を取り込み、エネルギー弾を引き金を引くことによって発射させる遠距離型の武器だ。 弓や投擲武器よりも発射速度が速く威力も強い。
再度ルークが切り込み、避けたところをガイが狙う。
「甘いな!」
両手に持つ譜銃がガイの顔面に向けられた。 引き金が後僅かで引かれる、その瞬間――
「炸裂する力よ!エナジーブラストッ!」
背後から怒鳴るような詠唱が聞こえ、炸裂するエネルギーがリグレットを狙う。
「くっ!」
「流石ナツキ中佐!トクナガいっけぇ!!」
譜術を喰らい怯んだリグレットにアニスのトクナガが腕を振り上げた。 何とか、という風にリグレットは後退りをし、アニスの攻撃を避ける。
「ノクターナルライト!」
ティアが三本の小型ナイフを投げつける。
「流石にこの人数は不利、か……」
「逃しませんよ。……荒れ狂う流れよ、スプラッシュ!」
じりじりと後退りをし始めたリグレットを追い詰めるように譜術を繰り出す。 上空から放たれる水流を睨み、リグレットは走り最初いた高台に飛び乗った。 ターゲットを失った水流は地面に飲み込まれて消えた。
「ティア……その出来損ないの傍から離れなさい!」
「出来損ないって俺のことか!?」
自分の悪口、というのはよく分かるようでルークは噛み付いた。 いや、それよりも――。
ジェイドはリグレットを睨み上げ大声を上げた。
「……そうか。やはりお前達か!禁忌の技術を復活させたのは!」
自分がらしくもなく取り乱しているのは他人事のようにわかった。 けれど、止まることは出来なかった。
「……誰の発案だ。ディストか!?」
「フォミクリーのことか?知ってどうなる?采は投げられたのだ。死霊使いジェイド!」
武器を腕から出現させ、リグレットを睨んだときにはすでにその場所には誰もいなかった。 逃げ足の速いことだ。
「……くっ。冗談ではない!」
荒々しく吐き捨てた。 "あれ"はあまりに人道に反しすぎた。だからこそジェイドは禁術としたのだ。 あの技術を世に出した事をジェイドは心底後悔していた。 過去を消し去りたいほどジェイドは悔いていた。
「大佐……大丈夫ですか?」
心配そうにナツキがジェイドの顔を覗き込んできた。 大した身長差はない筈なのに、何故かナツキが大きく見える。 緑色の目にどうしてか安堵感を覚え、荒れた心が落ち着くのを感じた。
「えぇ、すいません。取り乱しました……もう大丈夫です。アクゼリュスへ向かいましょう」
ジェイドが歩き出すと全員が後を追いかけるようにして歩き出す。 誰も何にも聞いてこないのは自分があれほど取り乱したからなのだろう。 背後でルークのわめき声が聞こえたが、誰も相手にしなかった。
「師匠だけだ……俺の事わかってくれるのは……師匠だけだ……!」
その言葉だけがやけによく聞こえた。
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