前夜:01
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コンコンッ――
目の前の木製の扉をノックした。 はい、どうぞ、と中から声がする。顔を引き締め、俺はドアノブを握った。 この扉の向こうにかの有名な死霊使いがいるのだ。少し鼓動が早い。
「失礼します」
扉を開け、俺は一礼して中に入った。 書類だらけのデスクに座っていた。彼はちらりと此方を一瞥してから再び書類に視線を戻した。 なんとも失礼な動作にナツキは内心でむっとする。 怒りがじわりと湧いたが彼は上司になるのだから、と自分を抑える。 愛想笑いを浮かべ、ナツキは口を開いた。
「初めまして、本日付で第三師団師団長補佐を任命されました、ナツキ・クロフォード中佐です」
どうぞよろしくお願いします。という言葉と共に頭を下げる。 しかし彼からの挨拶はない。頭を元の位置に戻し、俺は彼を見つめた。 やはり彼は書類を見つめたままで最初の一瞥から俺を見ることはない。 人を空気扱いでもしているのかと思うほど清清しいスルーッぷりである。
ナツキの顔から愛想笑いが消える。 上司であれ初対面にこんな愛想悪いことをされたことは未だかつてない。 だんだんと怒りのボルテージが上がってきているのを感じつつ、俺は彼を見つめた。
「……上司だからって……」
ついに口からぽろりと言葉が漏れた。 それに漸く彼は俺を見た。赤いウサギのような瞳だった。
「調子に乗ってんじゃねェぞ!!!」
部屋一杯に響き渡る怒声に目の前の男は表情ひとつ変えない。 しん、と静まり返った部屋に俺はやってしまった、と引きつり笑いを浮かべた。
「……も、申し訳ございません……カーティス大佐」
すぐさま謝罪をする。 どうも俺はムカつくとすぐに怒鳴ってしまう癖がある。 良くも悪くも俺は直情的で好き嫌いがはっきりしていた。……カーティス大佐は嫌いだ。
「……陛下の仰ったとおり、煩い人ですねぇ」
やれやれというように大佐は手を額にあてた。 大佐は立ち上がり、俺の近くに歩み寄った。
「ジェイド・カーティスです。これからよろしくお願いしますよ」
差し出された手を俺は握りしめた。 裏のありそうな笑みを浮かべて、ジェイド・カーティスは笑った。
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