- ナノ -


再び旅立つ:02


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廃工場についた。
埃っぽく、工場の名残として油の酸化したつんとした臭いが鼻につく。
薄暗いため視界が悪い。建物の隙間から太陽光が差し込んでいるものの極僅かだ。

「――排水設備は死んでいるが、通ることは出来るはずだ」

その時、ガイの言葉に答えるように高い女性の声が背後から聞こえた。

「あらガイ、貴方詳しいのね」

全員が振り返るとドレスとは違って動きやすい服に身を包んだナタリアがいた。
彼女はかつんかつんとヒールを鳴らしながら此方へやってきた。
ここにいることが当然、とでもいうようにナタリアは弓を持って不敵に笑う。

「見つけましたわ!こんな大事なときに王女が出て行かなくてどうしますの」

「アホか、お前。外の世界はお姫様がのほほんとしていられる世界じゃないんだよ」

「お姫様は、足手まといになるから帰られた方がいいとおもいまぁ〜す」

「同感です」

「ナタリア様、帰られた方が……」

前回の旅はルークに沢山の知識を与えたようだ。
ルークはしっかりとした正論をナタリアに告げたが、ナタリアは片眉を吊り上げる。
帰れ、と全員に告げられたナタリアはついに怒ったようで声を上げた。

「お黙りなさい!私はランバルディア流アーチェリーのマスターランクですわ!それに治癒師としての学問も修めました!」

その頭の悪そうな神託の盾や無愛想な神託の盾、貧相なマルクト兵よりは役に立ちますわ!!

どこからそのような自信が出てくるのか、不思議なほどナタリアははっきりと告げた。
……貧相なマルクト兵、て俺ですか……。何にも言っていないというのに酷い仕打ちである。
おやおや、なんて背後でジェイドが笑っている。

アニスはその言い分に噛み付き、ティアは呆れて頭を抱えている。
そんな状況を楽しんでいるのはジェイドただ一人だ。

「いいから帰れよ」

「あら、いいのですか?ヴァン謡将との事、ばらしますわよ?」

その言葉を聞いた瞬間ルークは見る見るうちに顔色を変え、ナタリアの手を引き離れていった。
ナタリアの一言がかなり気になったが、ルークに聞いても教えてくれないだろう。
ナタリアも恐らくルークから口止めされるだろうから無理だ。

暫くして、ナタリアとルークが戻ってきた。
話し合いは終了したようだ。

「ナタリアに来てもらうことになった」

何となく、予想はしていた。
というわけでナタリアが救助隊のメンバー入りを果たした。
治癒術を扱える人が増えるのはありがたい。ティアと俺だけでは心許無かった。

まあ忍びという事もあり、ナタリアの事は敬称なし、敬語なしで話す事が決められた。
しかし、彼女は一国の王女、様を付けずに呼ぶのは兵士としては辛いものがある。

「な、ナタリアさ……ぁ、いえ、ナタリア……もう少しゆっくり歩きましょう」

「あらどうしてですの?」

きょとんとして見上げてくる鋭い青に言葉に詰まる。
瞳にはこんなことしている間にアクゼリュスは危険ですのよ、と書かれている。
それでも、ナタリアひとりにチームのペースが乱されるのはいけない。

体力があるのは喜ばしいことだが、こうも先に進まれては他がついて来れない。
現にアニスは息を切らしているしティアも少々辛そうだ。

背後を確認してから口を開く。

「ナタリア、さ……いえ、隊で行動する基本は皆のペースを合わせることなんです」

「そうなのですね」

「はい、今、ナタリア……は一人で先走りすぎです。これではいけません」

「……」

「ナタリア、はアーチャーなんですよね。後衛の貴方が前に出ては陣形も崩れてしまいます」

それに、魔物に襲われる可能性もある。諭すようにナタリアに言うと彼女は俯いて黙り込んだ。
所々"様"を付けそうになっているがそこは目をつぶっておく。

「……そう、ですわね……私何にもわかっていませんでしたわ……」

項垂れ、ナタリアはすっかり落ち込んでしまった。
ナタリアはただ焦って周りが見えなくなっているだけだ。きちんと話せば彼女は理解する。
申し訳ございませんわ、とアニスやティア達に頭を下げた。

先程とは違いしおらしいナタリアに二人は驚いていたが、気にしないでと笑っていた。

「おやおや、貴方が優しく諭すなんて珍しい」

「私はいつでもフェミニストですが……」

「そうですか〜?」

ジェイドが意味ありげに笑う。
反論すると更にからかわれる事は目に見えていたので黙り込む。

ナタリアが皆に歩調を合わせるようになり、すいすいと進むことが出来た。
入り口まであと少し、その時だった。

「ルーク、ガイ、下がれっ!何か来る!」

迫り来る殺気を感じ、先を進んでいた二人に叫ぶ。
二人が飛び下がるのと同時にどすんと大きな魔物が落ちてきた。

魔物図鑑には載っていない不気味な魔物が牙らしきものをガチガチ鳴らす。
ぬるりとした粘液が纏わりついており、粘液のせいで魔物の輪郭はぼやけている。
油の酸化した嫌な臭いが魔物から漂ってくる。

「おらぁ!双牙斬!」

前衛のルークが油の魔物――アヴァドンに斬りかかる。
が、油が邪魔をして対したダメージが与えられていない。

「トクナガが汚れちゃった!さいあくぅ!!」

アニスがさっと後退しながら文句を言う。
どろりとした油が人形の腕にシミを作っている。

「……譜術で倒した方が早い!時間を稼いでくれ!」

「任せろ!」

詠唱を始めたナツキの前をガイが躍り出て、敵を牽制する。
第五音素がナツキの周りに集まってくる。
深呼吸をしてゆっくりと一音一音に力を込める。

元々第五音素の扱いが得意なナツキにとってそれは呼吸をするのと同じくらい簡単だった。

「下がれよ!――業火よ、焔の檻にて焼き尽くせ、イグニートプリズン!」

唱え終わると同時に魔物の足元から赤い炎が噴出した。
その炎はあっという間に魔物を包み込んで、最後は爆発する。

後に残ったのは真っ黒にこげた魔物の亡骸だけだった。

「うっはぁ、すっごぉ……」

「一撃かよ……」

一瞬で倒してしまったナツキにアニスとルークがぽかんとする。
ガイやティアも表情こそあまり変わっていないが驚いているようだった。

少々思い切りやりすぎてしまった感はあるが、全然問題ないだろう。

「流石譜術先鋭部隊と呼ばれた第六師団の元エースですねぇ……」

「いえ、エースと呼ばれるほどではありません……」

素直に誉められて、恥ずかしくて顔を俯けて謙遜する。

「謙遜するなよ、十分強いよ」

「……ありがとう、ガイ」

ぱんぱんと肩を軽く叩かれてナツキは口元を上げた。
工場の非常口の近くでナタリアが早く来いと手を振っている。
早く行かなくては文句を言われそうだ。

ガイと顔を見合わせ、どちらからともなく駆け出した。



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