ケセドニアにて:03
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キャツベルトから降りると、すでにキムラスカの将校らしき人が港で待っていた。 ルーク達の姿を認めると彼らは挨拶をした。
「お初にお目にかかります。キムラスカ・ランバルディア王国軍、第一師団師団長のゴールドバーグです」
この度は無事のご帰国おめでとうございます。ゴールドバーグと名乗った男は堅苦しい挨拶をする。 ごくろう、とルークは尊大な態度で答える。 その姿が様になっているのはやはり彼が貴族であるがゆえ、なのだろう。
「アルマンダイン伯爵より鳩が届きました。マルクト帝国から和平の使者が同行しておられるとか」
「ローレライ教団導師イオンです。マルクト帝国皇帝ピオニー九世陛下に請われ親書をお持ちしました。国王インゴベルト六世陛下にお取次ぎ願えますか?」
「無論です。皆様のことはこのセシル将軍が責任を持って城にお連れします」
セシル将軍――ゴールドバーグの隣に立つ色白の女の事だろう。 女性の兵とは珍しいが、将軍と呼ばれるほどの地位についているのだから彼女はかなりの凄腕なのだろう。
「セシル少将であります。よろしくお願いします」
凛とした真っ直ぐな声で女は名乗った。 それに反応したのは何故かガイだった。 ガイの挙動不審に気付いた少将が訝しげな顔をして尋ねるとガイはどもりながらも名乗る。
「お、いや私は……ガイといいます。ルークの使用人です」
「ローレライ教団神託の盾騎士団情報部第一小隊所属ティア・グランツ響長であります」
「ローレライ教団神託の盾騎士団導師守護役所属アニス・タトリン奏長です」
ガイに続けてティア、アニスが名乗った。 噛みそうな長い肩書きをティアとアニスはすらすらと答えている。
「マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」
「同じくマルクト帝国軍第三師団師団長補佐ナツキ・クロフォード中佐です」
ジェイドに続いてナツキも名乗る。なんとも揃いも揃って長ったらしい肩書きである。
「皇帝の懐刀と名高い大佐が名代として来られるとは。なるほどマルクトも本気というわけですか」
ゴールドバーグが少将にルークを家へと護衛するように言うと、ルークが止めた。
「俺はイオンから叔父上に取次ぎを頼まれたんだ。俺が城へ連れて行く!」
あの我儘坊ちゃんからは思いもよらない責任感のある発言である。 イオンとティアは素直にルークを誉めていたが、何故か素直に誉めれない。 妙に嫌な予感が胸を過ぎるのはどうしてなのだろう。
天空客車に乗り、港から街の中へと入る。 見上げる限りの大きな街。此処がバチカル。
バチカルは空の譜石が落下して出来た窪みに作られた街なんだよ、とガイが説明した。 なるほど、それで縦長な街になっているわけだ。
ルークの案内を頼りに俺達は城にたどり着いた。 途中何やら企んでそうな漆黒の翼に出会ったが、彼らはナツキ達に手を出すことなく立ち去った。
階段を上り、謁見の間に向かう。 が、守護しているキムラスカ兵に止められる。
「ただいま大詠師モースが陛下に謁見中です。暫くお待ちください」
「モースってのは戦争を起こそうとしているんだろ?変なこと吹き込まれる前に入ろうぜ」
流石公爵家の息子というべきか、彼は遠慮というものを知らなかった。 このときばかりはルークの位に感謝した。
中に入ろうとするルークを兵士が止めようとする。
「俺はファブレ公爵家のルークだ!邪魔をするなら、お前をクビにするように申し立てるぞ!」
クビ、という言葉に兵士は硬直した。兵士にとってそれは辛い。 引き下がった兵士を一瞥し、ルークは謁見の間への扉を開けた。
中ではモースがインゴベルト陛下になにやらマルクトの事を囁いていた。 例えばグランコクマの防衛を強化しているだの、セントビナーまで強化している、とか。全てウソだ。 別にピオニー陛下はそんな事を命令していないし、そもそも戦争を望んでいない。 だからこそ、和平の使者をキムラスカへと送ったのだ。
「その方は……ルークか?シュザンヌの息子の」
「そうです、叔父上!」
謁見の最中に飛び込んできたというのに、陛下は怒らなかった。 そんな事よりもルークの無事の方が重要だったのだろう。
「そうか!話は聞いている。よくマルクトから無事に戻ってくれた――すると横にいるのが」
「ローレライ教団の導師イオンとマルクト軍のジェイドです」
ルークは凛とした態度でインゴベルト陛下にイオンとジェイドを紹介した。
「御前を失礼致します。我が君主より、偉大なるインゴベルト六世陛下に親書を預かって参りました」
膝をついたジェイドに倣い、ナツキも同じように膝をつき、頭を下げる。 親書はアニスから陛下の側近へと手渡される。これで、俺達の任務は完了した。
「叔父上、モースの言っていることはでたらめだからな。俺はこの目でマルクトを見てきた。首都には近づけなかったけど、エンゲーブやセントビナーは平和なもんだったぜ」
ルークの言葉にモースが噛み付いたが、ルークが怒鳴って一蹴する。 普通なら陛下の前では大人しくするであろうにルークはまったくもって遠慮がない。 単に馬鹿なだけかもしれないが、今は彼のその態度が逆に場を好転させている。
「皆の衆ご苦労であった」
旅の疲れを癒されよ。インゴベルト陛下の言葉でその場は解散となった。
イオンの要望もあり、ナツキ達はルークの屋敷へと向かった。 屋敷へ帰るなり駆け寄ってきた影があった。 金髪に青い服を纏った女性だった。気の強そうな少し釣りあがった青い目がルークを映している。
「うわっ!」
「まあ何ですの、その態度は!私がどんなに心配していたか……」
「いやまあナタリア様……ルーク様は照れているんですよ」
「ガイ!あなたもあなたですわ!ルークを探しに行く前に私のところへ寄るようにと伝えていたでしょう!」
どうして黙っていったのです!咎めるように責め立てる女性―ナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアにガイはさっと柱の裏に隠れた。 ナタリアは姫様だ。ガイもそう大きく出ることは出来ない。 それにしても気の強そうな、ではなく本当に気の強い女性だ。 姫、としての尊厳が彼女をそうさせるのか、もともとの気質なのか、ナタリアはがみがみとガイを責めた。
ナツキの苦手とする部類の女性だ。 苦い顔をして、ナツキはナタリアを見た。
どうもヴァンはルークをこの屋敷から出奔させようと企んでいたのではないか、と疑われているようだった。 ナタリアはルークからヴァンを助けるように頼まれて、ここから出て行った。
ルークとティアは奥様に話をしてくると別れ、そのまま皆散らばった。 ルーク邸の中庭はとても綺麗だった。 草花が植えられており、それはとても綺麗に整えられている。
「へぇ、中々綺麗だな」
「ああ、ペールが手入れをしているんだ」
素直な感想にガイが答えた。ペールという人がどんな人かは知らないが、いい腕の庭師なのだろう。 ガイの話を聞きながら、のんびりと中庭を見て回る。 こうしていると、ホドの自分の家を思い出す。クロフォード家もこんな風に草木を整え、常に様々な花が顔を見せていた。 庭師である髭のおじいさんは笑顔が優しく、ナツキにたくさんのことを教えてくれた。 例えばユリア草はどうしてこの名前がついたのかとか育て方やありとあらゆる事だ。
「……懐かしいな」
「?……どうかしたかい?」
不思議そうな顔をして振り返ったガイに何でもないと首を振る。
失ってしまったからこそ、恋しいのだとわかっている。 復讐をしても、それはもう無意味なのだとナツキは理解していた。 それでもやり切れない思いは心の内につのっている。
「お、ガイ!こんなところにいたのか!」
「ルーク早かったな」
奥様に挨拶をしてきたルークとティアが戻ってきた。 ルークとティアが戻ってきたことでイオンにアニス、ジェイドも此方に集まる。
「んじゃ、俺は報告がてら白光騎士団の方々にゴマすってくるよ」
「では僕達もそろそろお暇します」
「ルーク様Vアニスちゃんのこと忘れないでくださいねv」
ガイ、イオン、アニスがルークに別れを告げて、去っていく。 ガイはともかくとしてイオンとアニスはもう会う事はないかもしれない。 アニスは最後の最後までルークにハートを飛ばすことを忘れない。
苦笑いをしながら、ナツキはジェイドに目配せした。 小さく頷いたジェイドにナツキは口を開く。
「ルーク、短い間だったけど、ありがとう……またな」
「……なかなか興味深かったです。ありがとう」
ジェイドの口から感謝の言葉が出ることが珍しくて、そして何故だか似合わない。 じゃあな。ルークはあんまりにも軽い挨拶を返す。 彼らしいそれに苦笑しながら敬礼をしてジェイドと共にその場を立ち去った。
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