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ケセドニアにて:02


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船室の一室にナツキ達は集まった。

「此処まで来れば、追ってこないよな」

ルークが疲れたように、ため息をついた。
そんなルークの呟きはさておいて、ガイが解析した書類の中身を見て苦々しげな顔をした。

「くそ、襲われた時に書類の一部を無くしたみたいだな……」

「見せてください……同位体の研究のようですね」

ジェイドは書類に目を通しながら言った。

「3.14959265358979323846……これは、ローレライの音素振動数か」

「ローレライ?同位体?音素振動数ぅ?訳わからねー」

疑問符を飛ばすルークにティア、アニス、ガイがすかさず説明をした。
基本中の基本を簡単に説明する皆にルークは感心したように声を上げた。

「はー、皆よく知ってるな」

常識なんだよ、とため息をつくガイにティアがルークを励ます。

「仕方ないわ。これから知ればいいのよ」

「ティアって突然ルークに優しくなったよねぇ」

「そ、そんなことないわ!そうだ!音素振動数はね、全ての物質が発しているもので指紋みたいに同じ人はいないのよ!」

アニスの言葉にティアは話題をそらすように音素振動数について話した。
その頬は少しばかり赤く染まっている。

「同位体とはその音素振動数がまったく同じ固体の事をいうんだ。実際、そんなの人為的にじゃなきゃ存在しないけどな」

「まあ、同位体がそこらに存在していたら、あちこちで超振動が起きていい迷惑ですよ」

超振動で人が飛ばし飛ばされ、行方不明者続出、何て事になりかねない。
そんな事を想像して、ナツキは小さく苦笑する。

「そういえば、同位体研究は兵器に転用できるので軍部は注目しているんですよ」

「昔研究されてたっていうフォミクリーって技術なら同位体が作れるんですよね」

アニスの言葉にジェイドは黙った。

「フォミクリーって複写機みたいなもんだろ?」

ガイが不思議そうな顔をしてジェイドに尋ねた。
フォミクリーは複写機、とまではいかない。フォミクリーでは同位体を作ることは出来ないからだ。

「いえ、フォミクリーで作られるレプリカは、所詮ただの模造品です」

見た目はそっくりですが、音素振動数は変わってしまう。とジェイドは説明した。
頭上を飛び交う難しい話に嫌気が差したのかルークがあー!と声を上げる。
と、タイミングよくキムラスカ兵が部屋に駆け込んできた。

息を切らしながらキムラスカ兵はナツキ達に伝える。

「た、大変です!ケセドニア方面から多数の魔物と……正体不明の譜業反応が!」

ズドォオオン――

どこかで爆発したような衝撃音がして、神託の盾兵が駆け込んできた。
素早く立ち上がりナツキはレイピアを構えたが、ジェイドに制される。

「ナツキ〜、言いましたよね?」

「う……申し訳ございません大佐……」

肩が治るまで前衛禁止令を思い出し、ナツキは渋々レイピアを仕舞い詠唱の体制に入った。

神託の盾兵は難なく滅することが出来た。
面倒くさそうにするルークを宥め俺達は部屋を出た。

甲板にでると不思議な譜業と対峙している人を見つけた。

「くそう、こいつ……」

「このタルロウX様が頂いたズラ!」

煌く何かを不思議な譜業――タルロウは持ち、ささっと逃げていく。

「どうしたんだ?」

「譜石の欠片をあの変なロボットに奪われてしまった……」

譜石の欠片を取られてしまったらしい男は項垂れている。
実験に使われてしまうのだろう。あのタルロウとやらも実験に使う、と言っていたし。

揺れる船に気をつけながら、タルロウを追いかけ捕まえた。

「きっそー!邪魔すんなズラ!」

「壊されたくなかったら、おとなしくその譜石を返すんだな」

剣を抜いたガイにタルロウは押し黙った。
中々譜石を返さないタルロウに更に剣を近づける。

「恐喝ズラ!極悪ズラ!でも怖いから返すズラ!」

タルロウは譜石をガイに押し付けるように返すと、さっと船の手すりに飛び乗った。

「覚えてろズラー!」

そして捨て台詞と共に海へと飛び降りていった。
だれもが心の中であ、と思った瞬間だった。

「てゆーか、水に濡れて平気なの?」

アニスの疑問に答えるように船の遥か下からぎゃーというタルロウの悲鳴が聞こえてきた。

「もちろん、放って置きましょう」

にっこりとジェイドは怖いくらいの笑みを浮かべていた。
青年に譜石の欠片を返し、甲板の広場へ出た。

「ハーッハッハッハ!」

高らかな笑いが頭上から聞こえてきた。
浮遊する安楽椅子に座っているのは、そう六神将死神のディストだ。
彼の姿を認めるなり、ジェイドの周りの空気の温度が低くなるのを感じた。

「野蛮な猿ども、とくと聞くがいい。美しき我が名を。我こそは神託の盾六神将、薔薇の……」

「おや、鼻垂れディストじゃないですか」

「薔薇!バ・ラ!薔薇のディスト様だ!」

声を荒げて"薔薇"だと言うディストに"死神"でしょ、とアニスが突っ込む。
するときぃー!とディストは猿のような声を上げて認めるかと声を荒げる。
とても、五月蝿い。

「そこの陰険ジェイドはこの天才ディスト様のかつての友」

「何処のジェイドですか?そんな物好きは」

「何ですってっ!?」

「ほらほら怒るとまた鼻水が出ますよ」

「きぃーーーー!!出ませんよ!!」

口を挟む隙もない。
それにしてもディストがジェイドに遊ばれている。
じたばたと足を動かして悔しそうにしているディストにため息をつく。

ジェイドの背後でルークがあほらし……と呟いている。
珍しくガイもルークに同意している。

「まあいいでしょう!さあ音譜盤のデータを出しなさい!」

「これですか?」

わざとらしく差し出された書類をディストはさっとジェイドの手からぶん取った。
にやりとディストは笑い、胸を張る。
どうやらジェイドを出し抜いたのがよほど嬉しかったらしい。

「ハハハ!油断しましたね!ジェイド!」

嬉々としてジェイドを見下すディストにジェイドは爆弾を落とす。

「えぇ、差し上げますよ。その書類の内容は全て覚えましたから」

流石天才、というべきか。
ジェイドはあの短時間で書類の内容を覚えたというのだから、とんでもない。
嬉々とした顔から一転、ディストは悔しげに歯噛みした。

「むきーーーー!猿が私を小馬鹿にして!この私のスーパーウルトラゴージャスな技を喰らって後悔するがいい!」

ディストの言葉と共に出てきたのは巨大な譜業だ。
タルロウとは桁違いに大きく、頭と手足のバランスの悪い機械だった。
両手には大きなドリルと鋏がついており、腕は細い。

ルークとガイが剣を構えて駆け出した。
ジェイドとナツキは詠唱に入る。

譜業は水に弱い。
第四音素を集め、スプラッシュを唱える。

「荒れ狂え!スプラッシュ!」

「荒れ狂う流れよ、スプラッシュ!」

ナツキとジェイドのスプラッシュのコンボが決まる。
ダブルの水流の流れに押され、アンバランスな譜業は体勢を崩してディストのほうへ転がった。
どこか悪いところへと水が入ったのだろう。譜業はぷすんと煙を上げるとディストを巻き込んで爆発した。

「ぎゃあああああああ!!!」

安楽椅子ごとディストはぶっ飛んでいった。
ディストをぶっ飛ばしたジェイドの表情がいつもより機嫌よさそうに見えるのは何故だろう。

「殺して死ぬような男ではありませんよ。ゴキブリ並みの生命力ですから。それより船橋を見てきます」

"ゴキブリ"と称されるほど嫌われているディストに内心同情する。

ガイもジェイドの後を追って船橋へ向かい、残ったナツキ達は怪我人が居ないかを確認した。
怪我をしている人達は治癒譜術をかけたりアップルグミを食べさせたりして手当てをした。
そんな事をしている間に船はバチカルへとたどり着いた。





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