ケセドニアにて:01
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ナツキ達が助けた整備士のお陰で船はすぐに直った。 左肩を負傷したナツキはあの後ジェイドにこってりと絞られ肩が完璧に治るまで前衛禁止令まで出された。 ティアの治療のお陰で完璧とは行かないが、左腕に感覚が戻るくらいまでは治った。 左肩はまだ骨がくっついた位で、下手に動かすと痛みが走る。
まったくシンクも面倒なことをしてくれたものだ。 連絡船キャツベルトに乗り、俺達はケセドニアへとたどり着いた。 カイツールからケセドニアまではそう掛からない。
カイツールとは違い、砂っぽい空気が頬を撫でる。 すぐ傍に砂漠があるせいだ。気候も暖かい、というよりも暑い。
「私はここで失礼する」
それにはルークが声を上げたが、ヴァンが宥める。 後から私もバチカルに行く、というヴァンの言葉にルークは渋々ながらも引き下がった。 ヴァンはアリエッタをつれてマルクトの領事館へと入っていった。
ミュウはきょろきょろと辺りを見回し、嬉しそうにしている。
「ナツキさん、新しい街ですの!」
ひょこひょこと耳を揺らしてミュウは声を上げる。 森を出たことがないミュウにとっては砂漠もこんな暑い気候も初めてで珍しいのだろう。
バザールでは世界中から集められた商品が並べられている。 色とりどりの野菜から、ありとあらゆる武器に薬まで選り取りみどりだ。
「あらん、この辺りには似つかわしくない、品のいいお方……」
ピンクがかった赤い髪の女がルークに擦り寄ってきた。 ルークは突然の女の行動に驚きながらも、眉間に皺を寄せて女を睨んだ。
「折角のお美しいお顔立ちですのに、そんな風に眉間に皺を寄せられては……」
ダ・イ・ナ・シですわヨ――そう言った女がルークのポケットから財布を盗み取ったのをナツキは見逃さなかった。 なるほど、スリか。確かにルークは上等な衣服に身を包んでいる。 それに世間に疎い。これほどスリにとって恰好の的は居ないだろう。 アニスが何かわめいている様だったが、まあ置いておこう。
「お邪魔みたいだから、失礼するわ」
「待ちなさい!取ったものを返しなさい」
そのままさり気無く立ち去ろうとする女をティアが止める。 女は舌打ちをして仲間であろう男二人――ヨークとウルシーを呼んだ。 ヨークに財布をパスするとすかさず女は逃げていく。
ティアがヨークの足元にナイフを投げ躓かせ、ナツキが転げたヨークの首元にレイピアを突きつけた。
「盗った物を返せ。そうすれば、命くらいは助けてやらなくもない」
流石に首元にレイピアを突きつけられては勝ち目がないと判断したのか、ヨークは財布を差し出した。 差し出された財布を受け取ると、ヨークはそろそろと立ち上がりぱ、と逃げていった。
「……俺達漆黒の翼を敵に回すたぁ、いい度胸だ。覚えてろよ」
何時の間に上ったのか、漆黒の翼の三人はナツキたちを見下ろし、言いたい事だけ言って姿を消した。 まったく、此方からすれば、マルクト兵を敵にするとはいい度胸だ、と言いたいところなのだが。
とりあえずは、アスターと呼ばれるケセドニア一の商人の屋敷へと向かった。 彼ならば音譜盤の解析機を持っているだろうという事からだった。 イオンからの頼みもあり、アスターは二つ返事で音譜盤の解析を了承してくれた。
「イオンはこいつと知り合いなのか?」
「私どもは導師のお力で、国境上にこうして流通拠点を設けることが出来たのでございますよ」
「商人ギルドはダアトに莫大な献金をしているの」
アスターを補足するようにティアが説明する。
「アスター様ってすっごいお金持ちですよねV」
お金に目がないらしいアニスがアスターにハートを飛ばす。 ……お金があれば、誰にでも媚を売るアニスには呆れてしまう。 彼女にとって顔は二の次らしい。
そんな話をしているうちに解析を頼んでいた男が紙の束を持って戻ってきた。 どうやら解析が終わったようだ。
「凄い量だな」
「船の上で読むか……」
びっしりと書かれている文字の羅列が何百枚もあるのだと思うと少々読む気がうせる。 それでも俺の隣にいるジェイドはやり遂げるのだろう。
解析が終わったところでナツキ達はアスター邸を後にする。
居酒屋の前を通り、キムラスカの領事館の方へと向かう途中だった。 キムラスカ兵が俺達を見つけて声をかけてきた。
「此方においででしたか。船の準備が整いました」
キムラスカ側の港へ――彼が話している最中、突然俺達に襲い掛かってきた。 ――烈風のシンクだ。シンクは音譜盤を持っているガイを狙って拳を振るう。
「ガイッ――ッつ……」
ガイを庇い、シンクの拳が左肩を掠める。 完治していない肩口に痛みが走り、ナツキは体勢を崩しガイ共々倒れ込む。 地面に落ちて弾んだ音譜盤をシンクが奪い取った。
資料はまだ奪い取られていない。 ガイは立ち上がると資料を素早くかき集め、まだ立ち上がれて居ないナツキを助け起こす。
「それをよこせっ!」
「うわっ!」
再び殴りかかってきたシンクを避けるが、拳を掠めたガイの腕に何か模様が浮かんだ。
「ここで諍いを起こしては迷惑です。船へ」
ジェイドの声に一行は一斉に駆け出した。 どうしても足の遅い早いが出てしまう。 ジェイドやガイ、ティアは走り慣れているため、あっという間に姿が小さくなってしまった。 イオンはアニスに引っ張られてジェイド達と一緒に行ってしまったため、例外だ。 どうもルークはかなり足が遅いようで、ナツキはルークに速度をあわせて走る。
もう少しでシンクに追いつかれそうだ。これではまずい。 街中で譜術を使うのは気が引けるが致し方ない。 息を吸い込み、ナツキは一気に詠唱し、譜術を発動させた。
「荒れ狂え!スプラッシュ!」
「チッ!譜術かッ!」
一番被害が少なそうである第四譜術を使う。 シンクは水に押され、足を止める。
その間にナツキを残す全員が船に乗り込んだようだ。
「ナツキ、早くしろっ!」
上がりかけたタラップにナツキは桟橋から思い切りジャンプして飛びついた。 左肩にずきりと痛みが走ったが、振り落とされては堪らないと必死に耐えた。 なんとか身体を船の方まで持ってきて、漸くナツキは身体の力を抜く。 ごろんと甲板に転がると、ティアが駆け寄ってきてナツキの左肩に治癒譜術をかけた。
「無理しないでください、中佐」
「……ありがとうございます」
ティアのお陰で大分痛みが引いてきた。 感謝の言葉を述べ、ナツキは立ち上がった。
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