- ナノ -


コーラル城の戦い:03


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ヴヴヴヴヴ――

機械の動かす音が聞こえる。
誰かの声が聞こえる。

ぼんやりとする視界と頭を働かせて、周りの状況を理解しようとする。
のろのろと身体を起こした。まだ薬の効果が残っているらしく上手く身体が動かない。

「ああ、あんた起きたんだ」

「っ……誰だっ!?」

ば、と後退りしたが、足が縺れ無様にこけてしまった。
ナツキの様子に相手がせせら笑う声が聞こえ、ナツキは口元をへの字にして睨んだ。
緑色の髪、神託の盾の服に身を包んでいる。
男の顔には鳥のような金色の仮面が付けられている。

六神将の烈風のシンク。

その特異な格好で男の名前はすぐに思い当たった。

「っ……ルークはどうしたっ!?」

「ああ、あいつならそこにいるよ」

そこ、と指差されたのはついさっき見つけたあの巨大な音機関だ。
その真ん中にルークは転がされている。意識がないのかぴくりとも動く様子はない。
舌打ちをして、身体を起こす――

「あんたに邪魔はさせないよ」

「――がはっ」

――事は出来なかった。
シンクはナツキの身体を地面に押し付け、鍛え上げられた拳を思い切りナツキの腹部に叩き込んだ。
内臓が破れそうなほどの衝撃にナツキは意識を飛ばしかけたが、なんとか耐える。
自分の上に乗っているシンクを睨むが、上手く身体が動かないこの状況では勝てる気がしない。

「チッ」

「舌打ちする元気はあるんだね」

じゃあもっと痛めつけて上げようかな。
僅かに見える口元がにたりと歪んだ。振り上げられた右拳に鳥肌が立つ。

「やっ――う、あっ!」

どご、と左肩に衝撃が走った。
あまりの痛みに目の前がちかちかとして、頭がぐらぐらとする。
右手で左肩を押さえ息を荒くし、それでもナツキはシンクを睨みつける。
痛みのお陰で大分意識がはっきりしてきたし、身体が動くようになってきた。

「……な〜るほど、音素振動数まで同じとはねぇ。これは完璧な存在ですよ」

「!」

第三者の声にナツキははっとして、目だけを動かしてその存在を確認した。
死神のディストだ。彼は機械を操作しながら此方を一瞥する。

「そんな事はどうでもいいよ。奴らが此処に戻ってくる前に情報を消さなきゃいけないんだ」

「そんなに此処の情報が大切ならアッシュにこのコーラル城を使わせなければ良かったんですよ!」

きいきいとディストは怒ったように地団駄踏んだ。
ハンとディストを鼻で笑いながら、シンクは俺の上から退いた。
素早く立ち上がり、間合いを取るナツキを一瞥しシンクはせせら笑う。

「どうやらそいつもお目覚めのようだよ」

シンクが顎でルークをしゃくった。
ルークはまだ自分の状況を理解できていないらしく、ぼんやりとした目を宙に彷徨わせる。

「いいんですよ。もうこいつの同調フォンスロットは開きましたから」

「同調、フォン、スロット……?」

ディストの言葉を聞き、ナツキは訝しげにディストを睨んだ。
その視線を物ともせず飛行する安楽椅子でディストはどこかへと飛んでいってしまった。
後に残ったのはナツキとシンク、ぼんやりしているルークだ。

「ルークに何をした……?」

腕に収納したレイピアを構え、シンクを睨む。

「はは、そんな身体で何しようって言うんだ?」

「答えろ、烈風のシンク!」

「……答える義理はないね!」

シンクはタン、と地面を蹴り、間合いを詰めてきた。
レイピアを突き出そうとしたその瞬間、金髪がナツキとシンクの間に割り込んできた。
煌く銀色にシンクは飛び退いて避ける。

「なんだこれ……」

ガイの手には銀色をしたドーナツ型の平らな音譜盤がつかまれている。
シンクが悪態ついて、ガイに向かってきた。

「ガイッ!」

「ナツキは下がっていろ!」

素早くガイは応戦し、剣を振るう。
一閃、シンクの顔から金色が弾き飛ばされた。壁に当たって落ちたのはシンクの仮面だ。

「あれ、お前……」

「……!」

「ガイ、ナツキ!どうしたの?」

驚いて硬直している俺達を呼ぶ声に振り返ると、ガイが突き飛ばされる。
機械から落とされたガイを見ると、上手く着地できているようだ。

「他の奴らも追いついてきたか……」

その声にはっとしてシンクを見るとちょうど仮面を拾い上げつけているところだった。
一瞬見えた、あの顔は……いや、今は何も言うまい。

「今回は正規の任務じゃないんでね。この手でお前らを殺せないのは残念だけど、アリエッタに任せるよ」

ヤツは人質と一緒に屋上にいる。振り回されてゴクロウサマ。
鼻で笑い、シンクは足早にその場を去った。
万全な状態ならば追いかけただろうが、今は追いかける気も起きなかった。
武器を仕舞い、ずきずき痛む左肩を押さえる。
全員が機械の中心にいるルークを心配しているようだ。ナツキはそっと左肩から手を離した。

ジェイドが機械を操作し、機械を停止させた。

「何が何だか……」

ルークは頭が痛むのか押さえながら、機械から抜け出した。

「アリエッタは……屋上、でしたか。何度も同じ場所を行き来するのは面倒ですが、仕方ないですね」

ジェイドはため息をつきながらも、屋上を目指すために歩き出した。
怪我をしているのは気付かれなかったらしい。ナツキはふ、と息を吐き出した。
口の中で詠唱し、静かにファーストエイドを唱えた。
打撲の傷は治ったが、骨折までは治せない。炎症を起こしているようで腫れているようだ。
骨折などと知られては下手をすれば任務から外されてしまうかもしれない。それだけは絶対に避けたかった。

最後尾を歩いていた俺が屋上にたどり着くと、既に戦闘が始まっていた。

「遅いですよ、ナツキ」

「……すいません、大佐」

足元に紫色の譜陣を浮かばせたジェイドがナツキを見た。
ナツキはその視線と目を合わせないようにしながら、戦うために詠唱を始める。
疑うような視線を向けたジェイドに気付いたが、あえて気付かないふりをしておく。

「おらぁっ!!」

前衛を勤めるルークがライガを斬り付ける。
出会った当初よりも格段によくなった動きは確実にライガにダメージを与えている。

「ノクターナルライトッ!」

ティアが小型ナイフをフレスベルグに投げつける。
羽にダメージを受け落下するフレスベルグに追い討ちをかけるようにガイが駆け寄り一閃する。

「炸裂する力よ、エナジーブラスト!」

「終わりの安らぎを与えろ、フレイムバーストッ!」

止めを刺すように、ジェイドとナツキの譜術がフレスベルグとライガにぶち当たる。
これでアリエッタを守る2頭の魔物は倒した。残るはアリエッタのみだ。

少女を傷付けるのは気が引けたがこれも任務なのだ、仕方ない。

「見逃したのが仇になりましたね」

「待ってください!アリエッタを連れ帰り教団の査問会にかけます」

止めを刺すために武器を構えたジェイドの前にイオンが立塞がった。
イオンはアリエッタを殺すのを嫌がっているようだ。
無理もない、アリエッタは元々導師守護役だったのだからイオンからすれば殺すのは忍びない。

「それがよろしいでしょう」

背後から聞こえた声に振り返った。ヴァンだ。

「カイツールから導師到着の伝令が来ぬから、もしやと思い此処にきてみれば……」

イオンがすいませんと謝罪した。
言うほどヴァンは怒ってはいないようだった。内心がどうかは知らないが。

ヴァンにアリエッタの保護を頼み、ナツキ達はヴァンが手配した馬車でカイツールへと戻る事になった。

「……っ」

「ナツキ、どうかしましたか?」

定期的に揺れる振動に肩がずきりと痛む。
顔を顰めたのに気付いたジェイドが尋ねてきた。

「いいえ、何でもありません」

窓の外を見ながら、答える。
全てを見透かしそうなジェイドの目を見たら、全部ばれてしまいそうで怖かったのだ。

「どうかしたのか?」

馬車に同乗していたガイが不思議そうにナツキとジェイドを見た。

「ガイ……いや、本当になんでもないんだ……」

「なんでもないなら、此方を見て言って欲しいものですね」

「……」

ジェイドの言葉を黙殺する。
と、ジェイドがナツキの左肩を思い切り掴んだ。

「う、あっ……!?」

「やはり、先程から左肩を庇いながら動いていると思えば……折れていますね」

「え、中佐、肩が折れているんですかっ!?」

今まで黙っていたティアが驚いて此方を見た。
何故黙っていたのか、という視線に耐え切れず、ナツキは俯いた。
ふぅとジェイドが大きなため息をついて、ティアを呼んだ。

「治してもらえますか?」

「はい、ですが……骨折は治癒譜術だけでは完全に治りません」

「構いません」

馬車がカイツール軍港に到着するまでティアの治療は続いた。






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