あの日私は誓いました。
─────---- - - - - - -
ND2002年――
キムラスカがマルクト領のホド島に攻め入った。
あっという間に島は赤に染まった。
昨日俺に微笑みかけてくれたメイドがキムラスカ兵に殺される。赤い飛沫を撒き散らして。 ぐしゃりと昨晩ご飯の支度をしてくれた執事が倒れた。首はなくなっていた。 どたどたと騒々しい足音が近づいてくる。
母が蒼白な顔をして父を見た。 父も母と同じ蒼い顔をして、険しい表情をしていた。 その手には細い剣――レイピアが握られている。
「マルクトは、ホドを見捨てるのか……」
苦々しげに父が吐き捨てた。 もう、キムラスカ兵はそこまで来ていた。 父がちらりと俺を見た。そして、母に視線を移す。
「お前は……わかっているな?」
「えぇ、勿論ですとも」
母はやけにしっかりした口調で頷いた。 俺は身体を震わせながら、二人を見上げた。 安心させるように母が笑う。
「ナツキ、あなたも分かっているわね?」
「……うん」
小さく頷くと、母は優しく頭を撫でてくれた。 母に手を引かれこの部屋にある本棚に向かう。 本棚の裏、人がひとり入れるくらいの隙間に身体を滑り込ませ、俺は身体を縮こまらせる。
見上げると母がいい子ね、とはかなく微笑んだ。
分かっていた。これからどうなるかなんて。 硬く硬く目を閉じた。 バン、と扉が勢いよく開く音がした。
「来たな!キムラスカめ!」
父の怒声が聞こえた。 そして、誰か知らぬ男の叫び声がして、剣の弾く音や甲冑の軋む音が何度も聞こえた。 震える身体を両手で押さえつけて俺は必死に耐えた。
母の、悲鳴が聞こえた。
そして、どさりと何かが倒れる音。 それが母のものでないことを祈りながら俺は目を閉ざす。 いつまでその音は鳴りつづけていただろうか。 随分と長い間だったと思う。そのうちに俺は疲れ果てて眠ってしまった。
目を覚ますともうその音は聞こえなかった。 どうやらキムラスカ軍は引いたらしい。俺は本棚の裏から這い出した。
「――……!!」
声を出すことができなかった。 血みどろの部屋は、子供の俺にはあまりにも刺激が強すぎた。 声にならぬ悲鳴をあげ、俺は駆け出した。
父も母もほっぽり出して、涙をこらえながら廊下を駆け抜ける。 大好きなメイドも執事も血を流して倒れていた。 もう笑うこともない怒ることもない。その亡骸を見て俺は歯噛みした。 俺がもっと強ければ、もっと力があれば良かったのに! そうすればこの人達も、父も母も守れたかもしれないのに。
部屋をひとつずつ見て回ったけれど、生存者はいなかった。 悔しくて、哀しくて、辛くて、痛くて、こらえていた涙がほろりとこぼれた。
「うわぁあああああああああん」
泣いた。声の限り。 でも、頭を撫でてあやしてくれる母はもういない。 叱ってくれる父はもういない。
ぎゅうっと手を握り締めた。
深い深い怒りと憎悪を覚えた。 涙を服の袖で拭い、そして俺は恨んだ。
「絶対……許さない……」
大嫌いだ……キムラスカなんて―― 必ず仇を取ると、心に誓った。
─────---- - - - - - -
prev ◎ next
|