コーラル城の戦い:02
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コーラル城はカイツールの軍港から南東の海沿いにある。 潮風が髪や頬を撫でる。
「此処がコーラル城か……」
捨てられてもう随分経つのだろう。まだ明るいというのにこの城の周りだけ暗い雰囲気がある。 伸びっぱなしの草木は城に纏わりつき、外壁は所々崩れている。 だが、おかしな事に城に続く道は草が刈り取られている。
「変ね……もう何年も誰も住んでいないはずなのに、人の手が入っているみたい」
何か出そうだと呟くルークに内心で同意しながら、城に入る。 外観通り、中は薄暗く不気味な雰囲気が出ている。魔物が潜んでいる気配もある。
「此処が俺の見つかった場所かぁ……」
きょろきょろと辺りを見回しながら、ルークは呟いた。 一人離れるルークにガイが注意をした矢先に、ルークの背後の石造が動き出した。 重たそうな石の身体を弾ませてルークに迫る。
「荒れ狂え!スプラッシュ!」
素早く詠唱し譜術を発動させる。 強烈な水の流れがルークから石造を離し砕く。 砕け、台と上部の真っ二つになった石造を見下ろし、ルークはなんなんだよこいつ……と文句を言う。
「侵入者撃退用の譜術人形のようです。これは比較的新しい型のものですね。見た目はボロボロですが」
「つまり……誰かが此処を使用している、という事でしょうか?」
譜術人形を使い、侵入者を撃退させている誰かがいる。 さあ、どうでしょうか。ジェイドは答えを曖昧にして肩を竦めた。 エントランスを抜けると一行の目の前に赤い玉を持つ布キレのような魔物――ポルターガイストがふよふよと通り過ぎた。
「大佐、あれ……」
「とりあえず、追いかけましょうか」
魔物自体はそう強くはなかったため、魔物の持つ赤い玉は難なく手に入れることが出来た。 赤い玉を持ち、眺める。宝石等の価値のあるような代物ではないようだ。 しかし、何らかの意味があるからこそ魔物が持っているのだろう。その赤い玉をポーチに仕舞って先へ急ぐ。
魔物と戦いながら、進むと再び玉を持ったポルターガイストを発見した。 今度は赤ではなく青い玉を持っている。 ポルターガイストは俺達を見ると、さっと身体を消して逃げてしまった。 背後から忍び寄っても透明になられては此方も攻撃が出来ない。
「どうします?」
「ミュウの火で驚かしましょうか」
ミュウ出番ですよ。大佐の言葉にミュウは嬉しそうに飛び跳ねて、ポルターガイストに向けて火を吐き出した。 ミュウの炎に驚いたポルターガイストは硬直する。その隙を狙ってルークとガイがポルターガイストを切りつけた。 あっという間に倒し、後には青い玉が転がっている。
ナツキはその青い玉を拾い上げ、隣にいる上司を見上げた。
「これ何なんでしょうか?」
「さあ、分かりません」
ジェイドは肩を竦めた。部屋を全部回れば分かるだろう。 入れる部屋は全部回り、残すはエントランスの奥のみになった。
「おい!さっきの玉ここで使うんじゃねぇか?」
不自然に二つ穴が開いた扉を指差してルークがナツキを呼んだ。 どうやら特殊な音素で封印された扉のようだ。先程の玉が鍵なのだろう。 ポーチから赤と青の玉を取り出し、扉にはめ込んだ。
きらきらと光を放ち、赤と青の光は混ざり合い紫色になった。 封印は解かれ、扉は下へとスライドされ奥に続く道が現れた。
地下に続く階段を下っていくと、見上げるほどの大きな音機関が置かれていた。
「なんだあ!?なんでこんな機械がうちの別荘にあるんだ?」
「これは……!」
ジェイドは機械を見て驚いたように目を開いた。 アニスがジェイドに尋ねたが、ジェイドは言葉を濁した。
「いや、確信が持てたとしても……」
信じたくはない。そんなジェイドの心の声が聞こえたような気がしてナツキはジェイドを見上げた。 ジェイドは僅かにルークを見た。その意味ありげな視線にルークはなんだよ、と口を尖らせる。
「まだ結論は出せません。もう少し考えさせてください」
「珍しいな。あんたがうろたえるなんて……」
確かに珍しい。ジェイドはいつでも自分のペースを乱さない。 たとえ、内心は荒れていようと表情を変える事はない。 なのにこの機械を見た瞬間ジェイドは異様なほど顔を変えた。
「もしあんたが気にしている事が、ルークの誘拐に関係しているなら――」
「きゃぁああああ!!!」
この場の空気を乱すような悲鳴を上げてアニスがガイの背中に飛びついた。 どうやらアニスは足元を走ったネズミに驚いてしまったらしい。
暫しガイは硬直する。
「うわあっ!!?やめろっ!!」
いつものガイとは思えぬほど、乱暴にガイはアニスを振り払った。 振り払われたアニスは思い切りお尻を打ち付けてしまっている。 しかし、ガイはアニスを気にかけるほどの余裕がないほどうろたえているのか、頭を抱え蹲ってしまった。 その異様なガイの怯え方にアニスも呆然としている。
「ガイ?どうしたんだ?」
「あ、俺……」
ナツキが背中を撫でながら声をかけると、ガイは冷静さを取り戻したのか顔を上げた。 全員が心配そうにガイを見つめている。
「……今の驚き方は尋常ではありませんね。どうしたんです」
「身体が勝手に反応して……すまない、アニス。怪我はないか?」
ガイは立ち上がり、アニスに謝罪する。 アニスもガイの異常な振り払いに戸惑いを隠せないようだった。
「ただの女性嫌いとは思えませんよ」
何かあったんですか?イオンがガイに尋ねた。 ガイは少し考え込み、答えた。
「わからないんだ。ガキの頃はこうじゃなかったし」
ただ、すっぽり抜けている記憶があるからそのせいかもしれない。とガイは言った。 その言葉を聞いた瞬間ルークが声を上げた。 僅かにその声色に嬉しさが混じっているのは恐らく同じ記憶喪失という理由からだろう。
「お前も記憶障害なのか?」
「違う……と思う。一瞬だけなんだ……。抜けてんのは」
家族の死んだ時の記憶だとガイは言った。 重くなった空気にナツキは居心地の悪さを感じ視線を下に向かわせる。
「俺の話より、あんたの話を……」
「あなたが話したがらないように、私にも語りたくないことがあるんですよ」
ガイが僅かに眉を上げてジェイドを睨んだ。 行きましょう。ジェイドの言葉で会話は打ち切りとなった。 険悪な空気にナツキは心の中でため息をつき、こんな空気にした自分の上司の背中を睨んだ。
ジェイドの話したくないのは、フォミクリーの件だろうとナツキは考えていた。 背後を首だけ動かして見た。見上げるほどの大きな音機関は一度本で見たことがある。 フォミクリー、レプリカを作る機械。
視線を前に戻し、赤髪を揺らすルークを見た。 あの時ジェイドがルークを見たのは、恐らく……。
「ライガだっ!!」
「ルーク様、追いかけましょう!」
駆けて行くライガの姿を見つけるなり、ルークとアニスが団体から離れて走り出した。 後も先も考えずに走り出したルークとアニスにティアが声をかけるがルークは止まらない。 釣られて走るミュウとイオン。
「ナツキ、お願いしますよ」
「はい、大佐」
言われなくともナツキは彼らを追いかけるつもりだった。 少し遅れながらも階段を駆け上がり屋上を目指す。
屋上へ飛び出した一行を狙ってフレスベルグが飛び掛ってきた。
「ルークッ!」
鋭い鍵爪がルークを狙っているのに気がつき、ナツキはルークを突き飛ばす。 と、同時に腕に衝撃が走り、身体が宙に浮いた。フレスベルグに腕をつかまれたのだ。 苦い顔をしているとフレスベルグは旋回し再びルークを狙う。
「避けろ、ルーク!」
「うわあっ!?」
ナツキの注意も虚しくルークはフレスベルグに肩口をつかまれてしまう。 まったく何のために注意したのか……。 自分の隣にいるルークに聞こえないようにナツキはため息をついた。
「おや、ナツキまで掴まってしまったんですか」
遅れながらやってきたジェイドが嘲笑混じりにナツキを見上げた。 何だかムカつく。これはルークを守って掴まっただけであり、決してドジを踏んだわけではない。
心の中で文句を吐き出していると、フレスベルグがぱ、とナツキの腕を放した。 宙に浮く身体に冷や汗が噴出す。
「うわぁっ!?」
柄にもなく悲鳴を上げて目をつぶる。 潰れた自分が脳裏に描き出される。やけにリアルに想像してしまい、血の気が引く。 死は覚悟しているが、ぐちゃぐちゃに死ぬのは勘弁して欲しい。死ぬときぐらい綺麗な死に方がいい。
どし――
案外すぐ衝撃はやってきた。自分も潰れてはいない。 状況を把握するために顔を上げようとした瞬間、口元に何かを押し付けられた。 鼻をくすぐる甘い匂いに息を止めるが、少し吸ってしまったようで、徐々に視界が暗くなってくる。
「クソッ……」
悪態をつきつつも眠気には勝てない。 最後に見えたのは眼鏡をかけた白い髪の男――六神将死神のディストだった。
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