「ナツキ、行くぞ」

「あ、はい……」

クリスさんの呼ぶ声で漸く我に返る。
ゆっくりと踏み出した足は重くて、思うように動かなかった。のろのろと促されるままエレベーターへ乗り込んだ。

「あの……」

「なんだ？」

エレベーターの中で、菜月は切り出した。

「怖く、ないんですか？」

聞いてみたかったこと、仲間の死を見ても、その手で人のカタチをしたものを殺しても何も言わないから。

「……怖いさ。でも、ここで俺たちが頑張らないともっと多くの人が死んでしまう……その方が怖い」

誰かの為に二人は戦ってるんだ……。
怖いのに、誰かが怖い思いをしないために、二人は戦う。すごいなぁ……俺にはそんな事、できっこないから。

エレベーターを降りて、細い廊下を歩く。
ところどころに人の死体が転がっていて、目を瞑りたくなる。いつまで経っても見慣れそうにない。

突き当たりに出ると、赤いランプが付いた扉があった。開けようとしたが、鍵が掛かっているようだ。

「鍵が必要みたいね、どこかにないかしら？」

来た通路とはまた別の横に伸びている通路を進む。其処にはどうやら焼却炉らしきものがあった。

周囲は静かで敵はいないらしい。安全を確認してから三人は分かれて探す。

「ん？」

死体の手にきらりと光るものを見つけた。屈んでよく見ると鍵のようだ。もしかしなくともあそこの鍵ではないだろうか？

菜月は死体の顔をなるべく見ないようにしながら、手から鍵をもぎ取った。鍵にこびり付いた血を、服の袖口でぬぐい二人のもとに駆ける。

「この鍵じゃないですか？」

「お、よくやったな！」

鍵を手渡せば、クリスさんがわしゃわしゃと頭をかき混ぜてきた。こんな状況でなんだが、クリスさんがお父さんみたいで嬉しかった。

鍵を見つけたらもうここには用はない。先へと進むために早速先ほどの扉のところへ戻る。

シェバさんが鍵穴に鍵を差し込もうとしたときだった。ぞわりと身の毛がよだつ感じがした。顔から血の気が一気に引く。

後ろに何かいる。
ソレも大きな、ナニカ。
冷やしきられた心臓がトクンと大きく跳ねた。

見たくはないのに、顔がひとりでに動く。

「ひぃっ！！」

青いであろう顔がもっと青くなった気がした。菜月の声に気づいた二人が慌てて、扉から離れる。

クリスさんに引っ張られ、大きくのけぞって倒れそうになるが、それよりも目の前を掠めた黒い触手の塊のせいで菜月は硬直する。

「ナツキ！しっかりしろ！！」

「はっ！はひっ！！」

クリスの叱責でがちがちに固まっていた体が再起動する。縺れそうになる足を必死に動かして、奥の焼却炉に向かって走った。



prev ◎ next