何が起こったのか、一瞬理解が追いつかなかった。 ナツキがふらりと倒れていったのを私はどこか遠くで見つめていた。 一瞬の間を開けて、手を伸ばしたけれど、届かなかった。 ゆっくりと落ちていく身体。
なんでそんなに、微笑んでいるの。 死んでしまうのに。
口ぱくで彼がありがとう、と言ったのがわかった。
ウェスカーにマグナムを撃ち込んでいた。 見事に狙い打たれたウェスカーはヘリを放す。
「ナツキ……死ぬつもりだったのか!」
クリスが横で怒りと悲しみをにじませながら、押し殺すような声で言った。 灼熱の炎が彼を包み込む。
苦しげに呻いたのがわかった。 思わず身体が動いたけれど、クリスに押さえられる。
「ナツキ!ねぇ!ナツキ!!」
力いっぱい彼の名前を叫んだ。 ナツキはウェスカーを押さえて、何も出来ないようにしている。
「……さよなら!俺の、大好きな人達!!」
振り返らずに、顔を上げることもせずにナツキは声を張り上げた。 さよなら、なんてしないでよ、こんなところで。 ずっと一緒にいるんじゃなかったの?
ねぇ、ナツキ……。
どぷん、と彼の身体がウェスカーと共に沈んでいく。 溶岩に飲み込まれて、見えなくなってしまった。
ジョッシュが、行こうと小さく呟いてヘリを動かす。 クリスが扉を閉める。
高度を上げて、ぐんぐんと火山が遠くなる。
「彼のショルダーバック……」
火山が小さく豆粒くらいになった頃、ジルがヘリの椅子の下に薄汚れた茶色のショルダーバックがあることに気付いた。 揺れのせいで端っこに追いやられてしまっていたんだろう。
恐る恐る鞄を開けて中身を確認する。
ハンドガンの弾とタオル、救急スプレー、旅の途中で拾った宝石。 そして――丁寧に折りたたまれた白い紙。
手にとって、ゆっくりと開けた。
『……泣かないで、俺の大切な人。
苦しまないで、俺の護りたい人。
俺はふたりに会えて本当にうれしかったから。
ふたりがいたから俺は確かに存在したんだ、って思えるから。
弱虫な俺を護ってくれて、ありがとう。
俺が自分を見失ったとき助けてくれて、ありがとう。
それでもいいといってくれて、ありがとう。
ありがとう、ありがとう。何度言っても足りないくらいだと思う。
少ししか生きていなかったけれど、俺はとても幸せだったから。
さよなら、クリス、シェバ――
菜月』
細い字で急いで書いたのか少し乱れた字が紙の上に並んでいた。 いつの間にこんなものを用意したんだろうか。
こんな、くだらないもの。
じわりじわりと涙が溢れてくるのをシェバは押さえられなかった。 あの子は最期を決めていたのだ。 あそこで死ぬんだと、自分で決めていたんだ。
紙を持った手に力がこもり、くしゃりと歪んだ。 そっとクリスが肩を抱いてきた。 彼も、きっと悲しいんだろう。 切なげな表情を浮かべて、今にも泣き出しそうだった。
「墓を作ろう、ナツキがいたっていう証を……」
「えぇ、そうね……そうしましょう……」
死体もなく逝ってしまったあの子のために―― そんな私たちを水平線の向こうから顔を出した太陽が優しく照らし出していた。
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