- ナノ -

ウェスカーを倒せた、と安心している暇は無かった。
ぐらぐらと足元が不安定に揺れる。
すでに俺たちの足元はほとんど無かった。
周りは崩れ去り溶岩の海のみ。逃げ場がない。

八方塞か……。

全てを諦めかけた時だった。
バババ、というヘリのプロペラの音と一緒に声が聞こえた。

「つかまって!」

縄梯子が近くに下ろされた。
クリスが梯子をキャッチして、真っ先にシェバに上らせる。

「ナツキも」

「……うん」

少しだけ、躊躇したのは内緒。
俺は生きて、いいのかな?この梯子を上ってもいいのかな?

周りの空気とは違いひんやりとした鉄の冷たさが手のひらに伝わった。
ゆらゆら揺れる梯子を上るのは難しかったが、何とか上りきる。
一番最後にいたクリスも漸く上りきった。

「クリィイイイス!!」

がくん、と機体が揺れた。
開いたドアから外を見るとウェスカーがヘリのスキッドを長いツタで掴んでいた。
しつこいというかなんと言うか……諦めが悪い。
さくっと倒れるような相手ではないことはわかっているけれど。

あぁ、そうか……そうだ。
俺は揺れる機体の中、そっと体勢を整えてショルダーバックの中からマグナムを取り出した。
ショルダーバックを外し、ヘリの床に置いた。

怖い?大丈夫、だって俺は一人じゃないから。

ゆっくりと10メートルほど下に見えるウェスカーを見下ろした。
ふぅーっと息を吐き出して、微笑みながら振り返った。

「ナツキ?」

「シェバ、クリス、俺、ふたりに会えてよかった……」

訝しげにシェバが俺を見てきた。

目の奥が熱くなったのは気のせい。鼻の奥がつんと痛くなったのも、気のせい。
シェバの視線には気づかない振りをして俺は言葉を続ける。

「大切で、大事で俺の宝物になった……物っていったら可笑しいかも知んないけど……」

そして、ジルさんのほうに向き直る。

「ジルさん初めまして、俺、菜月って言います。ジョッシュさんもありがとう」

俺はゆっくりと立ち上がった。



そして、


ゆっくりと、


後ろに、


倒れた――



そこにドアは無い。
あるのは、溶岩の世界。

ジルさんの悲鳴が聞こえた。
ジョッシュさんの戸惑う声が聞こえた。
クリスの怒声が聞こえた。
シェバの、泣声が聞こえた。

4人の声を上空に聞きながら俺は小さく笑った。

「ありがとう……俺が、俺がウェスカーを倒す!」

空中で身体を反転させて、ウェスカーを睨む。
右手に持つ、マグナムをウェスカーに向けて発砲する。

ダァン――

狙い通りに胸部を貫いた。
予想通り、ウェスカーは痛みに手が緩んだようでスキッドを手放した。
俺は肩越しに振り返り確認した後、ウェスカーの元に着地する。

「あ"ぁっ……!」

灼熱の溶岩に皮膚が焼ける。
ウロボロスで人よりも身体は丈夫になっているものの溶岩は熱すぎた。

「貴様……!」

「……もう、あいつらは追わせない!」

再び伸ばそうとした腕を掴んだ。
ウェスカーの身体を抱きつく形で、動けないようにする。

「……死ぬつもりか……!」

「当然だろ……最初から……俺がウロボロスだって気がついたときから決めてたんだからな……」

死ぬ時はあんたと一緒ってな。
いずれ死ぬならば、死ななければならないなら、ウェスカーと逝こう。

へらっと笑って、ウェスカーを見上げた。
今の今まで戦っていた相手を抱きついて見上げるってのは何だかとんでもない違和感がある。
ウェスカーは何ともいえない表情をしていた。それがまた笑いを起こさせた。

だんだんと意識が曖昧になって、視界がぼやけてくる。
遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。シェバ達だ。

「……さよなら!俺の、大好きな人達!!」

最後の力を振り絞って、大声を張り上げた。
皆に聞こえるように、喉がかれるくらいに叫んだ。

ずぶ、と足元がなくなって、だんだんと身体が沈んでいく。
ウェスカーの腕が俺に回される。

「馬鹿な奴め……」

ウェスカーとは思えないような優しげな声が、俺の耳元でした。
それを最後に、俺の意識はどこか遠くへと消えていった。



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