- ナノ -

第十八話



バァン――


大きな音を立てて扉を開け、すぐに見えた黒いコートの後姿に各々の銃を突きつけた。

「ここまでだ、ウェスカー!」

「もうおしまいよ!」

やっぱり怖かった。ウェスカーの前に立つのは。
だんだんと恐怖が足先からせりあがってくる感覚を感じながら、震える手をしかる。

「放っておけば、消えてなくなる……」

ウェスカーは振り返らず、呟くように言った。
徐にサングラスを外す。

「やはり貴様はそんな都合のいい存在ではないな」

――ヒュン

風を切る音がしてサングラスがクリスに向けて勢いよく投げつけられた。
完全な不意打ちにうっかりクリスはサングラスをキャッチしてしまう。
片手をふさがれたクリスにウェスカーは攻撃を仕掛けて、クリスを突き飛ばした。

「クリスッ!!」

壁に叩きつけられたクリスに思わず名前を呼んだが、今度はシェバが襲われている。
腕をぐるりと回され身動きが取れなくなったところを投げられる。

「シェバッ!!」

何もできずに見ていただけだった。
ウェスカーはいつの間に奪い返したのか知らないサングラスをかけなおしていた。
俺を見て、ニヤリと笑う。冷たい汗が背中を伝う。
動けない、恐怖が俺を硬直させる。

「ナツキッ!!」

「――っ!」

タンタァン――と銃声が響く。
ウェスカーはいともたやすくそれを避けた。
銃では勝てないと判断したクリスが腰に思い切りタックルをするが、軽々と受け止められる。

丸見えになったクリスの背中にウェスカーは思い切りこぶしを叩きつけた。

「うっ!」

そのせいで一瞬だけ力が緩んだんだろう、その隙を狙いウェスカーは思い切りクリスを手すりに投げ飛ばした。
ガシャァアアン、と手すりが大きな音を立てる。
怯まずにクリスが発砲するが、それも避けられる。

見事なバク転を披露しながらウェスカーは着地点にいたシェバを掴んで首元に腕を回し固定した。

「何故、こんなことをする!!ウロボロスを使い世界を破滅させるつもりか!!」

「私が手を下さずともすでに世界は破滅へと進んでいる……これは破壊ではない、救済だ!」

シェバがウェスカーを振りほどいた瞬間、クリスが銃弾を撃ち込む。
だが、避けられる。
今度は体勢を整えたシェバが撃つ。
それと同時に、クリスがウェスカーの顔に向けてハイキックを繰り出す。

ほとんど一瞬の出来事だった。
俺はその出来事をどこか他人事のように傍観していた。

動いてくれよ、俺の身体!!
何度そう念じてもぴくりとも動かない。
まるでセメントで固められてしまったかのように、腕も足も、顔も。

ふたりはウェスカーに交差するように腕を掴まれて、そのまま手すりの向こう側へと落とされた。

「シェバ!クリス!!」

漸く動くようになった身体を必死に動かして、手すりの向こう側を見下ろした。
十数メートル下の方でクリスとシェバが何とか起き上がっている。
ふたりの無事を確認してほ、とため息をつく。

「あいつらがそんなに大切か?」

「!」

耳元で聞こえた低い声に俺はぎくりとして右にスライドするように退いた。
どくんどくんと心臓がうるさい。

怖いよ、怖いよと心が叫んでいる。

「大切だよ!何よりも!俺の命よりもな!!」

恐怖を振り払うようにウェスカーに銃を突きつけた。
引き金を引くための人差し指が震えてる。

ふたりの笑顔が大切で、何よりも護りたいって思えたんだ。
不確かな存在の俺を、確かに知ってくれている人達。
ずっと一緒にいたいと、思えた人達。

「下らんな」

「がはっ!」

視界の中のウェスカーが消えた。
右からの衝撃。
米神に痛みが来て、視界がぶれ意識が一瞬飛ぶ。

身体が宙を舞った。
受身を取ることなんて俺には出来なかった。
万全な状態でも出来やしないのに、こんな状態ではなおさら出来ない。
痛みに備えてぐっと目をつぶった。

ガシッ――

痛みは無い。
代わりに暖かい体温が伝わってくる。

「大丈夫か!ナツキ!」

「……あ、ぁ、何とか……」

よろよろと起き上がり、クリスの腕から降りる。
まだ頭がぐらぐらする。吐き気もひどい。

音もなくウェスカーが着地する。
ガコン、と音がして天井から月明かりが差し込んできた。
あの爆撃機が飛び立つ準備をしているのだと気付くのにそう時間は要らなかった。

「ここまで来たことは、褒めてやろうクリス。だが、諦めろ貴様には俺を止められん!」

「知っているだろ?諦めは悪いタチでな!」

ハハ、と嘲笑するようにウェスカーが笑った。
至極楽しそうにウェスカーは頷いた。

「……いいだろう、決着をつけるか」

戦いの火蓋が切って落とされた。

「ナツキ!戦えないのなら下がってて!」

ウェスカーと対面してから動きの悪い菜月に怒鳴るようにシェバが言った。
菜月は首を振り、嫌だという意思表示をする。

二人が戦っているのに俺は後ろで指をくわえてみているだけなんて出来ない。
今までもずっと一緒に戦ってきたって言うのに、今更戦えないなんてそんなの……。

深呼吸を一回。
綺麗とは言いがたい火薬の臭いの混じった空気を吸い込んで、吐き出した。

……大丈夫、戦える。

ガンホルダーのハンドガンを取り出した。

「俺も、戦うよ……大丈夫」

安心させるようにシェバに向かって微笑んだ。
不安そうだったシェバも少しだけ微笑み返してくれた。




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