- ナノ -

ある程度走ったところで、シェバさんは隠れるために建物の中に入った。

「ここなら大丈夫そうね」

中に何もいないことを確認すると、シェバさんは菜月を安心させるかのようににっこりと笑いながら言った。おずおずとシェバさんの後をついていき建物に入る。

「あの、クリス?さん、大丈夫でしょうか?」

「クリスなら、大丈夫よ」

彼は強いから、とシェバさんは笑う。シェバさんの笑顔に幾分か気分は楽になった。

「そうだ、あなた名前は?私はシェバ・アローマよ」

「春野菜月……じゃなくてナツキ・ハルノです」

名前を言って、思わず言い直す。
ここは外国、苗字は後だ。

「ナツキは日本人?」

「ぁ、はい、そうです」

「どうしてここに?」

外の様子を確認しながら、シェバは菜月に尋ねた。菜月はその質問に一頻り考える。
どうして?といわれても、目が覚めたらここにいたのだから菜月にもよくわからない。寧ろこちらが教えてほしいくらいだ。

夢遊病にしては日本からアフリカなんて非現実的過ぎるし、誘拐にしてはこんなよく分からないところに放置なんて雑すぎる。

「ん……何というか、気づいたら此処にいたっていうか……?」

「気づいたら?どういうこと?」

シェバは外から視線を外し、菜月を不思議そうに見た。

「本当に、気づいたらここにいたんです」

「変な話ね……クリス、青い屋根の建物の中にいるわ」

シェバさんは耳に手を当てクリスと通信した。クリスさんは無事だったらしい。俺は気づかれないようにほ、と安堵した。

「シェバ、無事か?」

「えぇ、大丈夫よ」

程なくして、クリスさんは建物の中へと入ってきた。菜月とシェバの無事を確認すると安心したように笑う。クリスさんを見る限り、怪我はしていないようだ。

あれだけの数のマジニ?を相手して、傷一つないのは凄い。何かしらの訓練を受けているのだろうか?

ふと、気づけばクリスさんとシェバさんの視線が俺に集中している。

「え、と、なんですか?」

「ナツキ、銃は使ったことある?」

シェバさんにハンドガンを差し出され、そう尋ねられ菜月は目を見開く。精巧に造られたレプリカではない、本物の銃だ。平和な日本では警察官と猟師くらいしか持っていないだろう。

使ったことなんて一度もないし、これからも無いと思っていた。人の命を奪う銃。それが現在俺の目の前に差し出されている。

「……ぇ、あ、ありません」

驚きと怯えを隠せず、菜月は吃音しながらそう告げた。

「そう、じゃあ使い方はわかる?」

「引き金を引く、くらいなら……」

「オーケー。それだけ解れば充分。セーフティを外して引き金を引けば弾は出るわ」

興味本位で某インターネット百科事典でちらりと見たくらいである。正確な使い方なんて、菜月には知る訳がない。

菜月の回答にシェバは頷くと、菜月の右手にハンドガンを握らせた。

「危なくなったら、使いなさい……無理に使えとは言わないわ」

「……」

「俺たちが護ってやる。心配するな」

「……はい……」

手に握らされたハンドガンを見つめながら、菜月は小さく返事をした。シェバさんから渡されたソレは酷く、重かった。

持つだけでも、身体が押しつぶされそうな気持ちになる。

自分を安心させるように言ってくれたのだろうクリスさんの言葉ですら、不安を煽ってるような気がした。




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