- ナノ -


「はぁ……はぁ……」

ふらつく身体を壁にぶつけながら菜月は必死に走る。

――ここはどこだ?

足元が揺れている。
地上ではないのだろう。
道もわからず、ただ走り続ける。

「……っはぁ」

クリスとシェバに会いたい。
馬鹿やって騒ぎたい。

……それはもう叶わぬ夢だとわかっているけれど。

でも、やっぱり俺は、俺にはあの二人しかいないんだ。
カツンカツンと靴の踵が大きな音を立てる。
ふらり、ふらり覚束ない足取りでふたりを思い浮かべながら走る。

武装したマジニが俺に銃を向ける。
歪む視界の中それがとても苛ついた。

「俺の……邪魔すんなぁ!!!」

身体中の血液が逆流するかのような錯覚がした。
思い切り武装マジニをぶん殴る。

バキィッ――

頭部を保護するためのヘルメットを着けているのにも関わらず、それすらもカチ割りマジニを壁まで吹き飛ばした。
異常な力に俺は絶望した。
人間ではないのだと、再確認させられた気がした。

「うわぁあああああぁああ!!!!」

自分が怖くなって悲鳴を上げた。
どうして俺だったんだろう、どうして、こんなことになってしまったんだろう?
周りに集まってくる武装マジニを蹴散らし、俺は走り出す。
身体に当たる銃弾すら、痛くなかった。

ドォオオオオオン――

「お、わ……」

突然船が大きく揺れる。
菜月は足元を狂わせて尻餅をついた。
ビチャと赤い液体が同時に落ちる。
全部、俺の血だ。
眩暈がしそうなくらい流れてるのに、俺の身体はなんともない。

ぽた――

赤い液体に透明な液体が混ざる。

「……う、ひく、クリス……シェバぁ……」

敵地の真ん中だというのに無防備に背中を丸め菜月に泣き出した。
どうしても、涙が止まらない。

背後からマジニが近づく足音が聞こえる。
立って逃げなくては、と思うのに身体が動かない。
それは俺が――――死ななきゃいけないんだ、って思ってるからだろうか……?

タァン――

銃声が響いた。
ふたつの足音が聞こえる。

「……ナツキっ!?」

「ナツキ!」

二人の声が聞こえた。
振り向きたくても、できなかった。
怖かった、もし拒絶されたら、と思うと。

肩を持たれ強制的に振り向かされた。

「ナツキ!良かった!……大丈夫?」

「シェ、バ……俺に近づいたら、危ないよ……」

菜月はやんわりと肩を掴むシェバの手を外し、後ろへ下がった。
これで、いいのだ。
――いいはずなのに、胸がとてつもなく痛いのはどうしてなんだろう?

シェバが傷ついたような顔をした。

「ナツキはそんなことしないでしょ!」

「でも、シェバを……クリスを傷つけるかも――」

「今もこうして私達の心配してくれてる。それだけで十分よ」

「ナツキがナツキじゃなくなりそうになったら、俺たちが名前を呼んでやる。ナツキ、ってな!」

二人の優しさにもっと涙がこぼれた。
涙声で「うん」と頷いたら二人が笑った。

「さあ、行こう……エクセラを倒しにな!」

「……エクセラ、ってあの悪そうな女の人?」

涙をぬぐって尋ねるとシェバが頷いた。

「ウェスカーにウロボロスを打たれたらしいわ」

シェバに促され窓を覗くととてつもなくでかいうねうねがいた。
今まで俺が見た中で、比べ物にならないほどの大きさだ。

「……あんなの、倒せるの?」

「倒すしかないさ」

クリスの言葉に俺はげっそりとした。



prev next