- ナノ -

第十六話



トクン――

微温湯に浸されているような心地いい感覚。
俺は、一体どこにいるんだろう?

トクン――

瞼を上げようとしても重くて上がらない。
身体を動かそうとしても力が入らない。

俺は一体何をしているんだろう?

寝てるのかな?

夢の中、なのかな?


……あれ、寝る前、何してたっけ?

トクン――

エクセラに会って、ウェスカーに会って、それから、どうなったっけ?
ウェスカーに名前を呼ばれて意識がなくなって――?

駄目だ、思い出せない……。

でも、はやく起きなきゃ……。
起きてクリスとシェバを助けなきゃ……。

……だけど、俺、化け物、なんだよな……。
信じたくないけど、でも、確かに化け物なんだよな。

……もう、皆と一緒に居れない……んだ……。

悲しい、な……。

トクン――

じわりじわりと瞳に涙が溜まっていくのが感覚でわかった。

不意に意識が浮上する。

「……ぁ?」

重たかった瞼がいとも容易く開く。
俺はよろよろと起き上がる。

ずき、と腹が痛んで俺は顔をしかめた。

あぁ、ウェスカーに撃たれたんだったな……。

腹に滲む赤色を見てぼんやりと思い出す。
目に溜まる水滴を薄汚れた上着の袖口で拭い取ると傷口から視線を外し、菜月は周りを見回した。

見たこともない部屋。

「どこだよ、ここ……」

菜月は少しばかり痛む頭を手で押さえながら、ベッドからのろのろと這い出る。
ベッドの柱を掴み、力の入らない身体を支え立ち上がった。
そして、目に入った扉に向かおうと壁伝いに歩く。

「目が覚めたか」

背後から聞こえた声にぞわりと鳥肌が立つ。
俺はすばやく振り返った。

「ウェ、スカー……」

相変わらずサングラスをかけ、無表情だ。
冷や汗が体中から噴出す。

無意識のうちに右手が銃を掴もうと太ももに伸びる。

「やめろ」

「……っ!」

ウェスカーの声に反応し、右手は銃に触れるより前に止まる。

頭は銃を掴もうと考えているのに、体はそれを拒否している。
自分の身体なのに自分の身体じゃない。そんな感覚に菜月は歯噛みする。

「お前は俺の矛と盾だ。あいつらを殺せ、俺を護れ」

「絶対に、いやだ……!」

菜月は精一杯ウェスカーを睨みつけた。
冷や汗ダラダラで震えている自分が睨んでもあまり意味ないだろうが。

あいつら、っていうのは十中八九クリスとシェバのことだろう。
俺は絶対にクリスとシェバを傷つけたりしない――したくない。
こんなやつの盾にも矛にも絶対になりたくない。

どんなに俺がヘタレで駄目なやつでもそれだけは。

「っふ、その強気もいつまで持つかな?」

愉快そうにウェスカーは鼻で笑い、菜月を見下した。

視界がぶれる。
俺が俺じゃなくなりそうになる。

(やっぱり俺は弱い……)

それが悔しくて菜月は歯噛みした。
黒い何かに飲み込まれそうな"自分"という意識を必死で保つ。
血がにじむほど握り締めた手のひらが痛い。

「あんたを!倒すまでだ!」

さび付いたブリキ人形のように動かない身体を無理やり動かし銃を突きつけた。
サングラスの奥の赤い瞳がわずかに驚愕に揺れた。

俺はもうみんなと一緒にはいられない。
それは俺の身体が物語っている。いつかきっと暴走してしまうだろう。
……あのマジニと呼ばれる化け物たちと同じように。

――タァン

眉間を狙って発砲するが、案の定恐るべきスピードで避けられる。
攻撃は当たらなかったが隙はできた。

その隙に俺は部屋から飛び出した。



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