- ナノ -

クリスとシェバは苦戦していた。
高だか七分、されど七分。これほど長い七分を俺は知らない。
ウェスカーもジルも異常なほど強力な体術を繰り出してくるし、
あのカスタムのサムライエッジは壁を深く抉るほどの威力だ。

ナツキはウェスカーに蹴り飛ばされ、そのままだ。
地面にナツキの血が赤く血溜まりを作っている。

手当てをしたいが、2人の攻撃が止まないため手当てに行ってやることが出来ない。
その間に死んでしまうのではないだろうかと、クリスは恐かった。


ドォン!

「何をよそ見している?」

「クッソ!」

横っ面を張り飛ばされて、口の中に血の味が滲んだ。
すばやく体勢を立て直して立ち上がる。
余裕なサングラスが苛立ちを募らせた。

ハンドガンを撃つが軽がると避けられてしまう。
ウェスカーが避けている間にクリスは距離をとる。
横目でシェバを見る。どうやらあちらも苦戦しているようだ。

どう見ても此方の分が悪い。

だからといって退却なんて出来るわけがない。
無意識のうちにクリスは歯噛みした。


ナツキがいてくれたら、なんて考えるんじゃない!

入り組んだ通路に隠れ、頭を振った。
機転の利くナツキならこの状況ですら簡単に切り抜けられたのではないだろうか、と考えてしまう。
出来ない事を考えても意味がないのに考えてしまうのは、ナツキの存在がそれだけ大きいからだろうか?

「どこへ隠れた?」

俺の存在に気づかずに過ぎ去るウェスカーを後ろから攻撃する。
油断していたウェスカーはその体で銃弾を受け止めた。

二、三度立て続けに銃を撃つがそう何度も当たってくれるわけがない。

四度目にはウェスカーは此方に向かって走ってきていた。

「クソッ!ふざけんなよっ!」

繰り出された上段蹴りを腕で受け止める。
ナツキのときよりもずっと重い攻撃だ。

「クリス!相手してやっているのになんだそのザマは?」

S.T.A.R.S.の時と同じままの余裕で、フンとウェスカーは笑う。
黙れと叫びたかったが俺にそんな余裕なんてなかった。
悔しいが俺には、ウェスカーに勝つほどの力なんてない。

舌打ちをして、ウェスカーからバックステップで離れる。
だが、ウェスカーは追撃を繰り出してくる。

「ッ!!」

間一髪その攻撃を避け、すばやく通路の陰に身を隠した。

じりじり痛む腕に救急スプレーを振りかけて、ダメージを回復する。
真正面からウェスカーに立ち向かうのは不可能だ。
それに、攻撃を少しでも受ければ致命傷になる可能性がある。

クリスはマグナムに持ち替え、再び息を潜めウェスカーの様子を伺った。

ずるいやり方だと思うが、なりふりかまっていられないのだ。
少しでも気を抜けば此方がやられる。

「隠れても無駄だぞ」

コツコツ――

ウェスカーの足音と俺の心臓の音が重なる。

足音が俺のいる位置から離れていく。
どうやら俺がここに居る事に気づいていないようだ。

クリスは気配を消し壁に張り付いてマグナムを撃つ。

ダァン ダァン――

「……クッ!」

流石にマグナムは効いたのか、ウェスカーは苦しそうなうめき声を上げた。
よろめくが、倒れたりはしない。

化け物並みの――いや、化け物か――体力に冷や汗が流れる。

もう一度攻撃を加えようと、マグナムを構えるがウェスカーが電光石火のスピードで動いた。
こちらに来る、と思い身構えたが、そうではないようだ。

ウェスカーの後を追い、一階の大広間に向かった。


ウェスカーは俊敏な動きでナツキを小脇に抱え、二階の扉の前に立った。
ナツキは未だ意識がないのか、手をぶらりと重力と同じ方向に垂らしたままだ。

「少しはヤルようになったと思ったが……所詮はこんなものか」

心底呆れた、という風にウェスカーは首を振った。
俺たちはその言葉に反応せず、銃を突きつける。

そんな俺たちに興味の欠片も示さず、ウェスカーはモバイルを出る。

「俺だ」

「いくぞ!」

そのままどこかにいこうとするウェスカーを慌てて俺たちは追いかける。
階段を3段飛ばしで駆け上がる。

「動くな、ウェスカー!ナツキを返してもらう!」

二階に上がり銃を突きつけると、ウェスカーは無言でモバイルをおろした。

無言の重圧、というものだろうか?
ぴりぴりとした空気が俺の肌を刺す。

タン――

地面を蹴る音が聞こえて、ジルが俺たちに牙を向く。
攻撃を仕掛けられたシェバがぎりぎりのところで避けた。

シェバを助けようとクリスも銃を向けるが、軽い身のこなしで簡単にいなされる。
そのままジルはシェバを蹴り飛ばす。

シェバ!――

声は出なかった。
なぜなら、すでにジルの攻撃が自分に仕掛けられていたからだ。

クリスは自分が驚くほど簡単に動きを封じられ、銃を飛ばされる。
首筋に膝を押し付けられ利き腕を握られ、身動きが取れない。

「ジル!目を覚ませ!クリスだ!よく見ろ!!」

かつての相棒に何度も呼びかけるが、大した反応はない。

俺のそばにウェスカーが歩み寄り、見下す。
脇に抱えられたナツキがぽたりぽたりと血を流しているのが見えた。

「無様だな、クリス……大切な相棒に邪魔をされて、俺に手を触れる事さえできん」

にやり、ウェスカーは笑うとそのまま立ち去ろうとする。
なんとしてもそれを止めたく、クリスはがむしゃらに叫ぶ。

「目を覚ましてくれ!!しっかりしろ!ジル・バレンタイン!」

俺の願いが通じたのか、不意にジルの力が弱くなる。

「……クリス……」

ジルの口から漏れたのは、俺の名前。
途端にジルは苦しそうな表情をし、俺から遠ざかる。

「ジル……」

「この状態でまだ抵抗する力があるとはな……」

ウェスカーは驚いたような口調をしながら、ジルを見た。
そして、再びモバイルを取り出しなにか分からないが操作をする。

「だが、それもただの徒労だ」

何をしたのか、呻き声を上げていたジルが俯き黙る。
おそらくまた強制的に操られてしまったのだろう。

ウェスカーはその様子を見て、満足そうに口元をゆがめた。

「遊びはここまでだクリス、俺は忙しい。せいぜいジルと楽しむがいい」

「待て!ナツキを返せっ……!!」

駆け寄るより前にエレベーターの扉が俺の目の前に立ちはだかった。
思わず、舌打ちをしたくなった。

地面に残された血痕と、苦しむジルが俺の力のなさを表しているように見えた。

ぎゅうっと強く強く握り締めた手は、やっぱり何も掴めないような、
そんな空虚な感覚を覚えさせた。



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