- ナノ -


「ジル!?」

クリスが驚き、呆然とした様子で声を上げた。
ジル?ジルさん?クリスの仲間の人だったよね……?

「ジル!俺だ、クリスだ!」

「え?確かなの?」

シェバもクリスの言葉に信じれないという声を上げる。
何が起こっているのだろう、でも、怖くて前を向けない……。

「愛しのジルとご対面だ」

ドクン――

ウェスカーがにやりと笑ったのが気配だけでわかった。
ダンっと強く地面を蹴る音が聞こえて、クリスの方を見た時にはすでにクリスの体は宙に浮かんでいた。

「……え?クリ、ス?」

ダァン――地面に強く叩きつけられてクリスは咳き込む。
シェバが金髪女性――話を聴いている限りでは彼女がジルさん、なのだろうか?――に向けて銃を撃つが一発も当たらない。
それだけジルさんが機敏なのだ。

手を強く蹴られて銃を離してしまい無防備なシェバに、ジルさんはバックドロップを繰り出した。
シェバもクリス同様に地面に叩きつけられた。

後残っているのは俺だけだった。
カタカタ震える手を我慢して銃を向けた。

ドクン――

「なにするんだよっ!!」

その時初めてウェスカーを見た。
金色の髪、全ての表情を覆い隠してしまうサングラス。

心臓が変に脈打ったような感じがした。
    
「やはり戻って(・・・)きたか」

愉快そうに口を歪めて、ウェスカーはこちらを見た。

逆らうな、この人には逆らうな。

心の叫びが聞こえる。
けれど、逆らわなければクリスとシェバが危険だ。
殺されてしまうかもしれない。それだけは避けたい。

「戻ってきた、ってどういう意味だよ!」

「クックク、何も覚えていないのか?」

ドクン――

俺のわけのわからないという顔を、さも面白そうに見てくる。
あぁ、心臓が五月蝿い。

答えを知りたい。

――答えを知りたくない。

相反する二つの思いがぐるぐると菜月の中を走り回る。

ドクン――

「プロジェクトN」

「それが、どうした!」

聞き覚えのあるそれ。
信じたく、ない。そんなものは嘘だ、偶然だ。そうだ、そうに違いない。

じわりと汗が額に滲んだ。

ドクン――

「分からないか?プロジェクトN、Natsuki。つまりお前の事だ、ナツキ」

「……がぅ……違う!!」

ドクン――

考えるよりもずっと先に口が否定の意を表した。
そんな訳ないんだ。俺には記憶がある。
高校の友達もいるし、名前だってあげられる。

記憶、きおく――もしも、それも嘘だったら?
作り上げられた、くだらない夢想だったら?
そうだとしたら……俺は、俺は―――

ドクン――

「何が違うのだ?お前は私に作られた。ウロボロスを植え込まれている」

「うそだ、うそだぁあああああ!!!」

ウェスカーの声を聴かないようにしたくて、銃が落ちるのもかまわず耳を塞いで叫んだ。
俺は人間だ、普通の人間で。ちょっぴり臆病な、春野菜月っていう人物だ!

カタカタと体が震えて立っていられなくなって、地面に座り込む。

ドクン――

「さあ、俺に従え」

「い、いや、だ……」

ぬるっと体の中に手を入れられて心臓をつかまれた気分になった。
体のどこかがウェスカーに命令される事を歓喜している。
でも、俺はそれを拒否している。

自らの意思とは違って動く体を止めるのに必死になる。
駄目だ、何やってんだよ。

「ナツキ!大丈夫なの!?」

駆け寄ってきてシェバが菜月に触れようとした。
恐かった、傷つけてしまうのではないかと。
だから――

「お、おれに触るなぁっ!!」

拒否をした。
振り払って、少しだけ泣きたくなった。
あぁ、それは、心の奥底で気づいているからか。自分自身のことを。

どうしたらいい、どうすればいい?
誰に尋ねる事も、出来ない。でも、自分の中じゃ答えを出せない。

「ほら、こちらに来い」

甘美な声が俺の脳内をゆすぶる。
ふらりと体がウェスカーに向かいそうになるのを辛うじて残っている気力で止めた。

視界が歪んでよく見えない。気分も悪い。

「や、だ、嫌だ……お、お前の、ところ、なんかに……」

行きたくない。

――行きたい。楽になれる。

「五月蝿い、五月蝿い!だまれ―――」

「ナツキ」

ド、クン――

耳元でささやかれた声に俺の頭の中は真っ白になった。
俺の意識はそこで途切れた。



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