- ナノ -

第一話



「へ?」


目を開けて辺りを見渡して思わず、すっとんきょうな声を上げてしまった。全く見覚えのない景色が目の前に広がっている。

はて、俺は夢遊病だっただろうか?

本気で考えたが、思い当たる節などどこにもない。首筋をじりじりと焼き付けるような太陽光が堪らなく暑い。

俺――菜月はひとまず近くにある建物の軒下に入ることにした。直射日光がなくなった分少しは涼しくなり、思考回路もなんとかはっきりしてきた。改めて辺りを見回す。

「ホントどこだよぉ……ここ……?」

日本ではないことは確かである。建物はお世辞にも綺麗とはいえず、トタンがあちこちに接がれていたり、土壁は抉れている。
こんな欠陥住宅はさすがに日本じゃない……と思う。

とりあえず、人に聞かないとここがどこかもわからない、と菜月は薄汚れた家の扉をノックした。

コンコン、と木製の扉が来客を示す音を立てる。

暫くして、ボロボロの扉がゆっくりと開けられた。出てきた人を見て、冷たい汗が背中に流れる。

「あ、す、すいませんでした……」

黒人の上、なんかメンチきられてるような気がする……。イっちゃってる人みたいだし、やーさんみたいだし……。

反射的に謝って、すぐさま立ち去ろうとしたが―――

ガシッ

強い力で手首を掴まれた。呻き声が口から漏れ出る。そしてそのまま家の中に引き摺りこまれてしまった。

とても歓迎されているようには思えないし、なんだか身の危険を感じる。恐怖心に身体が震えた。

「ちょ、あの、すいません……やめて……」

菜月の制止など聞こえていないのか、男は止まらない。ずるずると家のリビングらしき場所に連れてこられ、その真ん中へ放り投げられた。

「ぅいてっ!!」

受身も取れずに菜月は、床に叩きつけられた。痛みに呻きながらも、状況を確認する。出てきた男と同じような血走った目をした男が複数人、菜月を取り囲んでいた。ぎょっとして身体を起こして逃げようとしたが、向こうの方が早く、男に両肩を押さえつけられ、もう一人は俺の上にのしかかってくる。

「くっそ、どけ!……はなっ!!」

離せ!と叫ぼうとしたが、口元を押さえつけられて叫べなかった。その男の片方の手を見て、目を開いた。

気持ちの悪いモノがその手の中にある。グニャリグニャリと幾つもの細い触手が蠢く、手のひら大の赤黒い塊。そしてそれは、ゆっくりと俺の口の中へとめがけて向かってくる。

菜月は必死に手足をバタつかせもがくが、菜月よりもがたいのいい男たちはビクともしない。

その間も、ゆっくりと近づいてくるソレ。

口元まであと僅か。もう駄目だ、と諦めかけたそのときだった。

タァン、タァン――

何かが破裂するような乾いた音が響き俺の上に乗っかっていた男が崩れ落ちた。足音が菜月の元に駆け寄ってくる。

寝たままの状態の視界に入ったのは、銃を此方に構えた男性と女性。
先程の乾いた音は銃声だったのだろう。その証拠に彼らの持つ銃口からは白い硝煙がふわりと上がっている。

「大丈夫か?」

尋ねられて、その人は普通の人なのだと分かった。張り詰めていたモノが一気になくなったような気がした。

「大丈夫?怪我はしていない?」

女性に身体を助け起こされて、放心していた菜月は漸く意識をそちらに向けた。

「あ、はい……平気です……」

菜月が返事をしたのを見て、男性と女性はこちらに向けていた銃を漸くおろした。
いつまでも、座り込んでいるのもあれなので菜月はおもむろに立ち上がった。

足が縺れそうになったが、女性に支えてもらい、何とか倒れることは回避する。とにかく、彼らには聞きたい事がたくさんあった。

「あの、いったい、えと……」

「落ち着け、深呼吸をしろ」

男性に言われ、俺は息を思いっきりすって、吐いた。それを何度か繰り返して、漸く煩かった心臓は平常に戻った。

「ここは何処ですか?……っていうかこいつらはいったい?」

「ここはアフリカのキジュジュ自治区だ……こいつらは、マジニだ」

「あ、あふりかっ!!?」

思わず大声を出してしまった。

なんだってまたアフリカなんだよ。俺はアフリカまで夢遊病のせいで歩いてきちまったのか!!?というか、マジニってなんですか!!?

分からない単語が出てきて菜月は首をかしげる。

「クリス、そんな説明だけじゃ分からないわ……マジニっていうのは、プラーガに寄生された人間の事よ」

……余計に疑問が増えた気がする……。
プラーガって何……?と聞きたかったが、出来なかった。

また、マジニと呼ばれる奴らが襲撃してきたからだ。空き瓶や手斧を持ち、恐ろしい形相をした男達が騒々しく部屋へと侵入してくる。

「シェバ、下がれ!少年を頼んだぞ!」

「分かったわ!あなたこっちに来て!!」

「……ぁ!!」

女性――シェバ、というらしい――に手を引かれるまま窓から外に飛び出した。建物の中では銃声とマジニの絶叫が響いている。

クリス、と呼ばれた男性は大丈夫だろうかと不安の色を隠せない瞳で建物を見ながらも、シェバさんの後を遅れないように走った。



prev next