- ナノ -



しかし――

「くそっ!」

ジルさんはいなかった。
悔しそうな表情をして、クリスが舌打ちをする。

『クリス・レッドフィールド』

期待していた俺たちをあざ笑うかのごとく、コンピュータの液晶から声が聞こえた。
さっと俺たちの視線は液晶に向けられる。
液晶にはいかにも、悪いです、という顔つきの女性が映し出されている。
リアルタイムの通信らしく、女性はしっかりとクリスの目を見つめていた。

『お会いできて光栄だわ』

「誰だお前は!」

「エクセラ・ギオネ、トライセル・アフリカの代表よ」

女性が答えるよりもずっと先に、シェバが答えた。
そういえば、遺跡で言ってたな……あの時は確証がないからっていってたけど……この人が……。

『あら、よく知っているわね』

愉快そうにエクセラが言った。
シェバはまだ信じられなかったらしく、液晶に詰め寄りながら尋ねた。

「製薬連盟幹部のあなたがどうして!」

『聞き分けのない人に教えると思う?とっくに撤退命令が出てるはずでしょ?』

液晶の向こうのエクセラは腕を腰に当て、鼻で笑うようにはき捨てた。

「やっぱり、あなた達が……」

シェバのその台詞を聞き、エクセラはいやらしく顔をゆがめた。
綺麗に着飾ってるけど……ぜんぜん綺麗じゃない……。
嫌な奴……と菜月は眉間にしわを寄せた。

「ジルをどうした!!?」

『ジル?知っていても教えると思う?』

「嫌でも、喋ってもらう!!」

ドン、と手元を叩いて、クリスはエクセラを睨みつける。
しかし、エクセラはクリスの睨みなんてものともせず、視線を俺に向けてきた。
俺も負けじとエクセラを睨みつける。

クスクスとエクセラは可笑しそうに笑う。

『あなた、どうしてそちら側にいるのかしら?』

「どういう意味だよ!」

心のささくれに触られたような気がした。
まるで、クリスたちといる事が可笑しいような言い方。

『そういう意味よ。まったく、勝手に逃げ出してBSAAと一緒にいるなんて、思いもしなかったわ』

「何言ってんだよ!俺はずっと日本で暮らしてた!!高校に通ってた記憶だってある!!」

プロジェクトNのことがふと頭に過ぎった。
そんな訳ない、そんな訳あるはずないじゃないか!!
まるで、自分に言い聞かせるみたいに菜月は大声で叫んだ。

『それはあなたの方でしょ?……勝手に記憶作って馬鹿みたいね』

頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けてぐらっと視界がゆれた。
平衡感覚が麻痺してるみたいだ、立っている事が難しくなって菜月は膝をついた。
呼吸するのが難しい、頭も痛い、俺は、そんなんじゃない。
顔の半分を手で覆い隠す。そうしたら、痛みも引いてくれる気がして。

『まぁいいわ……。いい加減ヒーローごっこは終わりにして帰りなさい!こんなところで死んでもつまらないわよ』

それだけ、はき捨てると通信は一方的に切れ、液晶には先ほどのジルの映像が浮かんだ。

「ちがう、お、れは……?」

「ナツキ!!しっかりしろ!!」「ナツキ!」

クリスとシェバの声なんて聞こえないに等しかった。
目は開いてるのに、ちゃんと正しい世界を映し出していなくて、代わりに真っ黒い世界が写っていた。

誰か知らない声が俺に言う。

『お前は化け物なのさ』と。

違うと否定しても、自信がなかった。
あの資料を目にして、エクセラの言葉を聞いて自分すら信じる事が難しい。
にたりと闇は口元を上げて続ける。

『あの資料に書かれていただろう「プロジェクトNatsuki」ってなぁ』

「ちが、う、ちがう」

俺は化け物なんかじゃない。偶々、俺と同じ名前だっただけだ。
心の奥底であっていると、誰かがささやく。

記憶ですら、否定されてしまったら、俺は何を信じればいいんだ。
今まで積み重ねてきたものを一気に崩されてしまったような気がした。

「ナツキ!!」

「―――ウグッ!!」

誰かに思いっきり頬を殴られて、俺の意識は闇から光へと投げ出された。
いきなりの事に頭がついていけずぐらぐらと世界が回っている。

「俺、は……うぅ、クリス?シェバ?」

焦点をあわせると心配そうに俺を見つめている二人がいた。

「良かった!ナツキったら急におかしくなるんだから!あんな女狐に翻弄されちゃ駄目でしょ!」

そういったシェバの目じりに涙が浮かんでいた。
涙は浮かんではないがクリスも今までとは比べ物にならないくらい心配そうな表情をしている。
かなり心配かけてしまったようだ……。
悪い事をしてしまった。

「ゴメ―――」

「何があっても、俺たちがいるだろう。俺たちを信じればいい、お前を裏切ったりしない」

謝ろうとしたのに、クリスは台詞をかぶせてきた。
あぁ、こういう時は謝るんじゃない――

「……うん、ありがとう」

シェバの言葉に……クリスの言葉に、支えを貰えた。
ぶわっと涙が溢れ出して、止まらなくなってしまった。

止めなくちゃいけないって分かってても、涙は勢いを増すばかり。
ショルダーバックからタオルを取り出して眼に当てる。

「泣き止むまで泣け……ずっと待っててやるさ」

「……ぅん……」

その言葉にまた涙が溢れ出したのは俺だけの秘密だ。


先に、進むのが、怖い……。
でも、俺は進まなければいけないんだ。

真実を知る為に。





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