遺跡から一気に最新設備整う建物の中に来たので、まるでタイムスリップしたような気分を味わった。 一番手前の部屋を調べるために入ったが、めぼしい資料はまるでない。
仕方なくその部屋から出る。
「ん――な、にあれ……?」
視界の端に写ったピンク色の何かは、ちゃんと確認する前に何処かに消えた。 が、確かに動く何かを見て、菜月は体をビクつかせる。
残念な事にクリスとシェバは見ていなかったらしく、カチンコチンに固まっている菜月を無視してもう一つの扉に向かってしまった。
「わ、わ、置いてかないでぇ!」
慌てて菜月は二人の背を追いかけた。 あれが見間違いであって欲しいと思うが、心の奥底では間違いなく何かがいたと叫んでいた。
突き当りの部屋には先ほど見たオレンジ色の花がガラスの筒に入れられている。
「さっきの花を加工して何かを作っているようね」
シェバが花の入ったガラス管を見てそう呟いた。 クリスが机に置かれたコンピュータを起動させている。
「画像にあった研究施設……此処で間違いなさそうだな」
「核心に近づいたって感じね……」
クリスとシェバが資料を調べている間は暇なので、菜月も手近にあったファイルを収納する棚を調べてみる。 しかし、棚の中に入っている資料はほとんど抜かれていて、見つけられたのは精々10枚程度だった。
とりあえず一番上の資料に目を通してみた。 んっと、何々――
『プロジェクトNについて』
見出しにはそう書かれていて、その下には文字の羅列とわけの分からないグラフ表。 見るだけで頭が痛くなりそうだが、菜月はゆっくりと文字に目を通す。
――まず初めにこのプロジェクトは口外禁止である。 もしも外にもらしたものがあれば、直ちに始末する。
始末、だなんて恐ろしいな……。 書き出しだけを読んで、菜月は肩を震わせた。
――このプロジェクトの概要は、この度開発されたウロボロスウイルスに完璧な人体適合者を創ることである。
ウロボロスウイルスはなかなか適合者を見つけ出す事が難しい。 そこで、考え出された案は人を『創る』ことだ。 初めからウロボロスウイルスを体内に埋め込まれていれば、拒否反応は起こらないであろうという考えからだ。
ドクンと心臓の音が耳元で聞こえた。 変な汗が首筋に流れる。 菜月は恐る恐る次のページを読んでいく。
――結果報告 様々な受精卵にウロボロスウイルスを注入したところ、そのほとんどが死滅してしまった。 やはり、ウロボロスウイルスを適合させるのは並大抵の事ではないようである。
その下には表があり名前の横に×が並べられていた。 つまりそれは実験が失敗した、ということだろう。 しかし、一番下のものだけ○が付けられていた。
――しかし、最後のひとつ日本人男性の受精卵が見事に適合した。 我々はそれをかならず成長させなければならない。
プロジェクトNは我々の心配を無下にするかのように成長している。 ウロボロスウイルスの影響か、通常とは考えられない速さで成長を遂げている。 この様子なら心配しなくても大丈夫そうだ。
菜月は過呼吸気味になりながらも、ページをめくった。
――プロジェクトN…… プロジェクトNatsukiは――
Natsuki――ナツキ――菜月……俺……?
バサバサッ―― 上手く呼吸が出来なくて、指がちゃんと動作しなかった。 手に持っていた資料が床に散らばった。
「ナツキ?」
「――ぇ?あぁ、ゴメンちょっと手を滑らしちゃったよ」
クリスに呼ばれて、菜月は漸く自分が資料を落としたことに気づいた。 慌てて散らばった紙をかき集めて、資料棚に押し込んだ。
違う、気のせいだ。 だって俺には学校にいってた記憶だってあるし、友達の顔も名前も覚えてるじゃないか。 たまたまプロジェクトの名前と同じだっただけだ、そうだ、そうに違いない。
そう思わなければ、何かが崩れ去ってしまいそうだった。 疑うような視線を向けてくるクリスににっこりと笑顔を作る。 ちゃんと笑えているか不安だったが、クリスは「そうか」とだけいって俺から目を離した。
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