第三話
まったく、酷い目にあった。トラックに轢かれかけるし、ボウガンで狙われるし、下水溝を通ったせいで足元がびしょびしょで気持ち悪い。その上、港では桟橋のところで蹴躓き海へとダイブ。菜月の気分はすでに最悪を通り越していた。
ひたすら突き進んでゆく、二人の背中を追いながら菜月は小さくため息を付いた。 疲れた、などと言ってクリスさんたちの足を引っ張りたくなどない、が疲れるものは疲れる。 かれこれ、数十分くらいは走りっぱなしである……それも、マラソンくらいのスピードで。 こちとら、ヒッキーの学生だ。体力なんてこれっぽちもない。今まで、この二人についていけたことが奇跡なくらいだ。
キュィイイィン
「……ん?」
劈くような金属音が聞こえたような気がして、菜月は眉をひそめた。 鉄で出来た扉の隙間から見えた――被り物の隙間から見える片目と細長い体……極めつけは、その手に持つ大きなチェーンソー。 顔から血が失われるのを感じた。
「ぎゃぁああぁあ!!!???」
「ナツキ!シェバ!こっちだ!!」
菜月の叫び声で我に返ったクリスが大慌てで回れ右をする。それに次いで菜月も縺れる足を必死に動かして、チェーンソーマジニから離れた。
キュインだかギュインだか、背後から近づく音が恐怖を掻き立てる。
「な、何なのこいつ……!!あんなもので斬られたら一溜まりもないわ!!」
シェバさんがチェーンソーを睨みながら叫ぶように言った。これまで、何人も斬ってきたのかチェーンソーの刃の部分が赤黒く染まっている。
クリスさんはショットガンで、シェバさんはマシンガンでチェーンソーマジニに応戦している。俺はといえば、びくびくしながら二人の後ろからチェーンソーマジニを見ているだけだ。
きゅっと握り締めたハンドガン。 一度しか使っていない。
俺も、手伝わなきゃ……!安全な場所まで連れて行ってくれようとしてるんだから……!! 何か出来ることはないかと思って、周りに視線を巡らせる。
(……あれだっ!!)
目に入ったのは赤いドラム缶。ガソリン、とかかれたテープが張られている。 あれを打てば、触手の塊を倒したとき同様、爆発するはずだ。
ガンホルダーからハンドガンを取り出し、両手で構える。ハンマーを下ろして引き金を――
「もがっ!!」
いきなり後ろから口元を押さえられ、心臓が大きく波打った。背後からがっちりと羽交い締めにされる。
「ぉおおぉおおっ!!?はなせっ!!はなせったら!!」
恐怖と驚きで奇声を上げてじたばたともがいていると、ぱっといきなり手を離され地面とチューする羽目になった。痛みに悶え、思い切り打ち付けた鼻を摩りながら落としたハンドガンに手を伸ばした――時だった。
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