- ナノ -





ずくずくと疼く鈍い痛みで目が覚めた。瞼を持ち上げることさえ酷く億劫だったが、意識が覚醒すると共に脈を打つように痛みが鮮明になり、耐えきれずに瞼を押し上げる。

「は……」

見たことのない鈍色の天井。温もりのない金属製の壁で四方は埋められ、窓はなく、唯一の扉は固く閉ざされていた。申し訳程度に付けられた照明は時折瞬き、寿命が近いことを知らせている。

ここは、どこだ。

見覚えの無い部屋に私は痛みも忘れて飛び起きた。

「い"っ!?」

数秒遅れて突き刺すような痛みが太腿に走り、身悶えしながら視線を落とす。太腿に巻かれた包帯に血が滲んでいる。痛みを和らげるように手を当てて深呼吸をひとつ。大した変化は無かったものの、気持ちは僅かに落ち着いた。

「夢じゃ、ない……?」

意識を失う前の出来事も、ツォンも、怪我も、何もかも。夢ではなく、非現実的な現実だった。

「──目が覚めたか」

現実を認められず呆然としていると、不意に扉がスライドして男が一人入ってくる──ツォンだ。初めて会った時と同じ、冷えきった目が私を射抜く。心臓がぎゅっと縮み、私は逃げるようにベッド端に身体を寄せた。意味はないと分かっていても、反射的に身体が動いていた。
もうキャラクターとしての期待なんてものはなく、ただただ恐ろしい。この状況下で次に行われる事が平和的な物でないことは想像に容易い。

「さて、君の知っていることを教えてもらおうか」

怯える私を鼻で笑い、ツォンはそう切り出した。その声色は高圧的で、拒否権など一切受け付けないと言わんばかりだ。

「まずは名前だ」
「……ぁ、」
「名前だ。まさか無いとは言わないだろう?」

まごついた私をじろりとねめつけて、ツォンは質問を繰り返した。その視線から逃げるように目線を手元に落としながら「スミレ、です。スミレ・草野」と名乗る。

「やはりウータイ人か」
「ち、違います!ウータイ人じゃ──」

嘘偽りない本名だったが、この星では響きは明らかにウータイ人だった。反射的に否定したが、それを証明する術等何もない。異世界から来た、なんて突拍子もない事をツォンが信じてくれるとは思えなかった。

「次の質問だ。あそこで何をしようとしていた?」
「何かしようなんて思ってません……迷子に、なってただけで──っ!」

真実を述べようとした瞬間、ツォンの指先が太腿の傷口を抉っていた。皮膚一枚さえ治癒していない銃創から血が溢れ、私はか細い悲鳴を上げる。

「随分幼稚な言い訳だな」

無遠慮に与えられる激痛に身を丸めると、ようやっとツォンは手を離した。血濡れになった手の平をツォンは煩わしそうに睨み、今度は私の前髪を掴んだ。乱暴に上げさせられて、ツォンと視線が交じる。感情のない黒い瞳に、怯えた私が写った。

「答えろ。作戦は?お前以外に何人が入り込んでいる?」

その質問の答えを私は何一つ持ってはいない。だが、本当の事を言ったとしても無意味だと先程理解した私は躊躇する。痛みに恐怖し涙を溢しながら口をつぐむと、目の前の端正な顔に皺が寄った。

「成る程、次は黙りか」
「あ”っ……ぅう、」

髪を引っ張られて、ベッドの縁に叩きつけられた。一度ではなく、何度も、強く、執拗に、痛め付けられる。がつん。がつん。髪の千切れるぶちぶちという音が耳元で聞こえた。止めてと叫ぶことさえ出来ず、殴打の度に呻き声だけが漏れる。

「話さなければより苦しむだけだ」

解放された時には自分で頭を支えることさえ出来なくなっていた。ぐらりと体勢を崩してベッドから落ちる。衝撃が全身に伝い、意識が急速に失われて行くのを感じた。




|


[Back]