- ナノ -





ただいつも通りの日常を過ごしていた筈だった。その筈なのに、気が付けば私は見知らぬ場所に突っ立っていた。

「は?」

訳もわからず、一音だけが口からはみ出す。自分の口から飛び出した音で我に返り、周囲を確認して、真新しい筈の記憶を掘り返した──いや、掘り返そうとして出来なかった。家を出てここに突っ立つまでの記憶が全くない。家の鍵を閉めたか、電車に乗ったか、学校に着いたのか、それさえも定かではない。
まるで映画やドラマで場面が切り替わるかのように私の記憶は飛んでいた。飛びすぎにも程がある。県をひとつ、いや、もしかしたら国さえも飛び越えていそうだ。街の様相を眺めて、現実逃避ぎみにそんな事を考えた。どこか古めかしく海外のような雰囲気のある建物には英字の看板がぶら下がっている。だが、その壁に貼られたポスターには日本語が羅列されていた。

街のちぐはぐさに言い知れぬ不安を感じる。地球上の何処でもないような、そんな──違和感。

周囲に話を聞けそうな人もいない。時計も記憶も飛んでいるからはっきりとした時刻は分からないが、空も真っ暗だし人も出歩かないような深夜帯なのだろう。

とりあえず、ポスターを確認してみようと、のそのそと動いた。ポスターはどうやらエナジードリンクの宣伝らしい。カラフルでポップなデザインの中央にドリンクの実物写真が貼り付けられている。モ○スターとかレ○ドブルとか、色々エナジードリンクはあるけれど、見たことのないメーカーだ。単純に自分が知らないだけかも知れないけれど、周囲の街並みもあって胸騒ぎが治まらない。

「どうしよう……」

ぽろりと言葉が漏れる。

「──何がだ」
「!?」

独り言に男の声が返ってきて心臓が跳ねた。勢いよく振り返ると鼻先が触れそうなほど近くにスーツ姿の男が立っていて、面食らう。二歩程後退り、男を見上げて、私は目を丸くした。

「本社に忍び込む算段でも立てていたのか?」

冷えきった鋭い目が私を射抜く。驚いたのは男の近さもあったが、それよりもその顔に見覚えがありすぎたからだった。男にしては長い黒髪を後ろでひとつにまとめ、額には黒子──ゲームで何度も見た顔だ。

神羅カンパニー総務部調査課、通称"タークス"のツォン。

本編では髪を下ろしていたから、まだ若い頃の、少なくともFF7CC前後のツォンだ。ぽかりと口を開けて呆けているとツォンは眉間にシワを寄せて、私の姿を眺めた。爪先から顔まで、じろりと視線でなぞられて、その居心地の悪さで我に返り、私はおどおどとしながら「あの……」と言葉を絞り出す。

「何だ?」

視線同様にその声は冷ややかで凍てついていた。明らかに好意的ではなく、敵意さえ感じさせる声色に、キャラクターに会えた喜びよりも恐怖が勝って言葉に詰まる。

「え、と……その……」

ゲームでは敵役での登場だったが、タークスの彼らは皆、優しくて、のちのシリーズのACやDCでは味方のようなポジションになっていた。だからこそ今、ツォンにこんなキツイ視線をされている意味が分からない。そう、まるで、私がアバランチか何か、神羅の敵であるかのようなそんな、目。

そういえば、ツォンは最初になんと言っていたか。数秒前のツォンのセリフを思い出す。

──本社に忍び込む算段でも立てていたのか?

間違いなくどこかのスパイだと勘違いされている。当然そんな訳がないのだが、それを証明する術がない。

「あの……私っ、ただの一般人、です……」

言葉に詰まりながらも、私は身の潔白を告げる。嘘臭くてもそうする他なかった。

「そうか。それはすまなかった」
「え……」

ほっとしたのも束の間で、謝罪と共に目の前に突き出されたのは銃口だった。愕然として、言葉を失う。カチリという金属音で意識を取り戻して、無意識の内に身体は逃げの姿勢をとっていた。踵を返し、どこへ逃げればいいのかも判らぬままただ走る。

果たしてこれは夢なのだろうか。

頬を撫でる風の冷たさも、握り締めた手の触感も夢と呼ぶには妙に現実味がありすぎた。けれども、ツォンもこの見知らぬ場所も、夢でなければ説明がつかない。

乱れる呼吸のまま見えた角を曲がり、直進、再び曲がって、疾走する。小路に逃げこみ、向こうの通りに出ようとした時だった。乾いた破裂音がして、そのすぐ後に太股に激痛が走り、叩きつけられるように地面に転がった。痛い、いたい。肩を大きく動かして息を吸い込み、私は蹲りながら大腿を押さえた。ぬるりとした感触が手の平に広がり、目の前が赤に染まっている。

「──……っ」

惨状に喉がひきつった。そこでようやっと銃で撃たれたのだと理解する。

「鬼ごっこは終わりだ」

頭上からツォンの声が聞こえたのを最後に私の意識は闇へと転落した。


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